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あとかたづけ そら よはく

本日は後片付け。

特に感傷的になることもなく、たんたんと進める。

後片付けをきちんとやれば次の仕事にもスムーズにとりかかれる。

と分かってはいるのだが

身体が思うように動かない。私だけじゃなく、みんな。

きれいな空だなあ、と午後だいぶ遅い時間になってから気付いた。

それまで、まったく空なんて気にしてなかった。

作品のラストシーンの曲を思い出す。

メロディアスで素晴らしい音楽だった。細部にも気を配っているくせにイメージの飛躍もあり、作曲のT氏は本当にすごい仕事をしたものだと思う。

彼も進化しているのだ。

それは、まぶしくもあり、ねたましくもある。

ラストシーンの老夫婦の表情を思い出した。役者がイメージどおりの表情をしてくれることはほとんどないが、今回は本当にうまくいった。

ひょっとしたら、愛と幸せに対する考え方があの二人の役者はたまたま同じなのかもしれない。

長年連れ添った夫婦はお互い同化して双子のようになることが多いが、あの二人はそっくり同じような表情と仕草で、紙飛行機の行方を見守っていた。

そうしてくれ、と言ったわけでもない。所作について細かく注文をつけていったら、そうなった。演出が役者の役に立てた幸運なケースだ。

あたたかい色の明かりに二人の頬が輝いてやがて闇に消える。

私は上手のそでから彼らを見つめていた。作者としてでも演出家としてでもなく、ただのいち個人として。毎回同じところで涙がこぼれた。カーテンコールに出られないくらい大量の涙が出た。

ラストシーンもそうだが最初から最後までほんとに美しい照明だった。色もそうだけれど、濃淡のつけかたが素敵。

絵でも音楽でもきちきちな感じではなくて少し抜け感があるほうが好きだ。書道では文字を書いていない余白の部分が大切なのだが、今回、音楽も照明もその「余白の美」が感じられてよかった。

片付けのあと、韓国料理屋で食事。

帰ってソファに横たわった。まだお腹が減っている気がしたのでポテトチップスの大袋をあけてみたら、全部食べてしまった。

夜中に目が覚めた。人からメールが来ていたので返信すると、お茶を飲むことになった。

しかし向い合ってみると、何も話すことなどないのだった。全身筋肉痛がひどくて口もまともにきけない。

コーヒーを飲み終わるとまた眠くなった。

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