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2009年3月

マーリー

吐き気が今日もおさまらず。

午前中は台本をちょっとだけ書く。

午後は、いつもお世話になっている親子劇場さんへご挨拶。

行く途中で道に迷ったが、桜の見事な公園に立派な天文台と、素敵なスポットを二つも発見できてちょっと得した気分になった。

夕方から、また気分の悪さが復活してきた。

胸がムカムカしたまま、映画「マーリー」を観る。

原作が良かったので映画を観るのが少し怖かったが、なかなか良かった。

子犬時代が少ししか描かれていなくて残念。

もっと犬を主体に描いてくれてもよいような気もした。

原作にくらべて余計な人間ドラマが付加されている。

余計じゃないのかな。どうなんだろう。

私はもっと犬と人間の関わりを主体に組み立てて欲しかったなあ。

最後は涙が出て仕方なかった。母も犬好きだから、すすめてみようかな。

見終わったらまた具合が悪くなってきて、友人に心配を掛けた。

最近調子が安定しなくて本当にごめんなさい……。

帰宅して、ひと休み。

マンデーフットボールを見ながら脚のマッサージをした。

コメンテーターの人のマラドーナの采配がすごいっていう言葉の意味、ちょっと理解できない。

だってさあ、メッシとアグエロとテヴェスがいたら、何でもできるじゃん。

采配なんか必要ないって気がするんだけど……。う~ん。

あとは久しぶりにベッカムのパス→ルーニーのシュートを見られて嬉しかった。

ツボ押ししながらのんびりしていたら、吐き気が少しおさまってきた。

昨夜から続いていた、生理的な嫌悪感みたいなものも、薄らいできた。

何もかも放り出して、もう寝ちゃおう。

きっと目覚めたら体調も気持もリセットできている気がする。

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おじけ

夜。

ひどいことがあった。

そのあと、最初に感じたのは精神的な不潔感。次に恐怖感、嫌悪感。

一瞬、めまいがしたと思ったら激しい腹痛と吐き気、寒気。

トイレで吐いた後、震えながら友人に電話。

話しているうちに、落ち着きを取り戻す。自分が何をするべきか、だんだん分かってきた。

彼女はいつでも、私に勇気を与えてくれる。

学生時代、初めて演出をした新人公演の時も。

ゲネの前、怖気づき逃げ出そうとした私の手を掴んで目を覚まさせてくれたのも、彼女だった。

そうだよね。

よわっちくなってる場合じゃない。

うん。大丈夫だよ。

私は大丈夫。

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せきにん と ぷらいど

文化庁の助成金に落ちたことが分かり、ガッカリ。

条件的には今年は可能性が最大だったはずなのに。逃した魚は大きい。

まあ仕方ない。

今の私にできるのは、完成度の高い舞台を作ることだけ。それをきっちりやろう。

プロって何だろう、と思った。

請け負ったプロジェクトが失敗した時には、自分の落ち度であろうとなかろうと、クライアントにきちんと謝りと説明を入れ、今後の対策を自発的に提案するのが、きちんとした仕事のやり方ではないのか、とも思う。

それがプロを名乗る者の責任であり、プライドなのだと思っていた。

だけどきっと、認識が違う人もいるんだろうな。

いろんなことがあるけれど、とりあえず、私は私の仕事を頑張ろう、と思う。

舞台づくりもそうだし、ゲームや映像の台本も、責任とプライドを持ってやろう。

楽しむ、っていうのは心がけるまでもない。

いつでも、ものを作るのは、楽しくて楽しくて、しかたないから。

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深夜、大声で笑う

台本書いたりテレビを観たり、本読んだりで一日過ごす。

運動不足過ぎてイマイチ食欲がわかない。

と、会社員時代の大先輩から、メールが届いていた。

近況を報告すると、また返信。私の人生の大きな変化に驚き、感慨を覚え泣いたとあった。

私もそれを読んで泣いた。あたたかい言葉がありがたくてありがたくて。

「生き抜きます」なんて書いた強がりを見抜いているくせに、そのまま受け止めてくれた先輩の優しさが嬉しくて。

優等生にはなれませんです、先輩。

くねくね曲がる道をとぼとぼ一人で歩いて、沼にはまったり、森から抜けられなくなったりして……そういう人生みたいです。

台本の続きを書いているうちに日が暮れた。

そうこうしているうちに、メンバーのKちゃんが訪ねてきた。

この人は私の母親と同じ名前だ。ただ、読み方が違う。彼女のは一般的な読み方なんだけれど、母親はすごく特殊な読み方なのでほとんど誰も読めない。

用事が済んだ後、お茶を飲んだ。

今夜は何を話しても面白く感じた。何度も大きな声で笑った気がする。

何故だろう。

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はな を かぞえて

窓から公園の桜を観察している。

まだ一分咲きにもならないくらいだ。

大きな樹全体で、10輪くらいかな。

早くもっともっと咲かないかなあ。

咲いたら窓辺でお花見しよう。和菓子とお茶。

外でお花見もいいけど、家の中でお花見もいい。冷え性の私には、寒くないところで花を堪能できるというのがありがたい。

稽古場にて新台本の読み合わせ。

急な感じだが、あさってから立ち稽古に入る。

楽しみだなあ。

コツコツ頑張ろう、と思う。

私にとって台本書きはバーッと片付ける仕事。

演出は地道に努力してコツコツ頑張る仕事。

なのである。

どっちが好きか、と言われると圧倒的に前者なのだが、後者も自分の台本を上演するために必要だから、やるしかない。

努力、とかコツコツ、とか感じてしまうのは私に演出の才能が少し足りないせいなのではないか、と思うこともある。

才能について考え始めるとキリがないので、楽しむことにする。あるいは苦しむことにする。

まあ、どちらも同じだ。

明日は稽古が休み。新台本の後半に手をつけよう。

帰り道、古い友人と電話で話した。

ほんの少しの間だったけれど、声を聞くだけでとてもほっとした。

寒いよう、と思わず呻き声をあげながら、家に駆け込んだ。

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えいよう とりました

夜、芝居を観に行った。

閉館する芝居小屋のイベントということだった。

観ているお客さんも出演している側もみんなで天真爛漫に小屋への愛を分かち合っていた、と思う。

私はどうか、というと……。

申し訳ないがそうでもない。

この小屋に関しては、正直言って、あまりいい思い出がないのだ。

むか~し、貸してもらおうと、何度か足を運んだがあまり相手にされなかった?覚えがある……。

たぶん、自分とか、自分の団体に何かが足りなかったんだと思うけれど、それはそれとして、イヤ~な記憶として残った。

ネガティブじゃない思い出と言えば、去年の12月、3Fのバーで、戯曲賞の授賞式に出たことくらいだ。

いや、これも半分ちょっと暗い記憶として残っている。

とても名誉なことなんだろうけれど、晴れがましい、というより、見知らぬ人たちに囲まれて、ひたすら居心地が悪かった。

まさか、もらうなんて思っていなかったし、リハの後だったので、ボサボサ頭で服も本当に適当で行ってしまった。

他の女性の候補者はみんなキレイなきちんとした装いで来ていた。誰も気にしてないとは思ったけれど、自分が場違いな格好で来てしまったこと自体がとても恥ずかしかった。

でもまあ、先輩方にためになる話をいろいろ聞けたのは良かった。

この小屋に関しての個人的な思い出っていうと、こんなところかな。

今日の芝居は、短編。

同じ空間でも違う劇団がやると、これだけ異質なものができる、ということを実感。

だけど、ものすごく違っていたかというと、それも疑問。

劇団の組合せの問題もあるんだろうな、と思う。今日はそういう取り合わせの日だったのだろう。

当たり前のことだけれど短編は切り口が大切だ、と痛感した。

だいたいみんな30~40分ずつくらいだったけれど、短いものと長いものが、あってもよいような気がする。

よい勉強ができました。

その後は、牛タンの店に行って、定食を食べた。

なんか身体の中に栄養が満タンになった気がする。幸せ。

アタマにも栄養、身体にも栄養。

両方満足でよかったね。ぽんぽん。

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たいくつ か へいわ か

日曜日から家にこもって台本の書き直しをやる。

無計画に始めたら、結局たくさん書くことになってしまい、直しではなくなってきたような気がする。

しかし作業自体、楽しくなってきたからよしとしましょう。

パソコンに向かう以外はほぼテレビを眺めるか、劇団の雑用をするか、掃除や洗濯という感じ。あとはご飯作るか。

外出と言えば一日一回、スーパーに買い物に行く程度。

退屈といえば退屈。平和といえば平和。どっちだ?

久しぶりにじっくりスポーツニュースを観る時間ができたのは嬉しい。

「ルーニーが、審判にボールを投げつけた」だってさ。久しぶりに大暴れ。マナー違反だけど、昔からのファンとしては懐かしく、ちょっと嬉しい。まあ時々ならいいよねえ。

WBCは興味がないけれど、ちょっと見た。

野球って何故だか昔からあまり好きじゃないなあ。私が男の子で、少年野球とかやってたら大好きになってたかもしれないのに。そう思うとちょっと残念な気もする。

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鳴く

5月公演のための台本の直しをやっている。

改稿という作業、新しく書くよりも余程むつかしい。

向いてない、というのもあるんだろうなあ。

でも勉強になる……。

楽しんでやろう、と決める。

実際やり始めてみたら、楽しくなってきた。

るんるん~っと調子よく書き進める。

って……やばいまた計算も何もなしに、書き進めちゃってるよ。

いくら箱書きとか、構成とか考えても、結局フィーリングで書いちゃうんだものなあ。私。

うーん。

夜、友人と韓国料理屋へ行く。

私は好物の「上カルビ丼」をいただく。

友人が「カムジャタン」を頼んだのでそちらもちょっともらって食べた。辛いけど美味しい。

久しぶりに幸せな気分になって、泣きそうになった。

最近何だか涙もろいなあ。

外に出てみると思いのほか寒い。

急激に冷えたせいか下腹が突然痛くなってきた。

押さえながら歩いていると友人が心配して、家までついてきてくれた。

温かいお茶を淹れてもらって飲んでいたら、突然涙が滝のように流れてきた。

あれ?と思う間もなく、涙が止まらなくなって、泣きモードに突入。

泣いているうちに不安や悲しみが突然押し寄せてきて、また泣いてしまった。

泣く、というより「鳴く」のほうが近いのかもしれない。

たぶん深い意味はなくて、生理的なものだと思った。

確かに、私の抱えている問題はかなり深刻だと思うが、自分がそのことで深く悩んでいるとは思えない。

というか、未来を描くのが苦手なせいで、思い悩むことすらできないのだ。自分がどうなってしまうのか、さっぱり見当もつかない。

なんだか自分の生活に対して現実感がない……。

身体が温まったら、涙は止まり、気分も落ち着いた。

友人が帰った後、仕事をしようとしたが、すぐに眠り込んでしまった。

3時半くらいに、目を覚めたので、仕事をした。

静けさの中でカタカタとキーボードだけが鳴る。

夜明けは集中できていいなあと思った。

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ねがいごと

怖いメールが日に何度も届く。

ここのところ連日。

気持をしっかり持てば大丈夫、と自分に言い聞かせるが、なかなか胸の動悸がおさまらない。

仕事が溜まっているというのに、恐怖で思考が停止してしまう。

そんなことが昨日まで続いていた。

今日はメールが来ていないようだ。

久しぶりにリラックスして過ごした。一日、台本の書き直しについて考えをめぐらせる。

夕方から稽古に出掛けた。

帰り道、目白の行きつけの店で夕飯。ここの料理は一つ一つが素直な味。これなら量もたくさん食べられる。みんなで取り分けてワイワイ食べた。

帰宅して、ソファに座ったら、立ち上がれなくなって、そのまま寝てしまった。ちょっと疲れやすいのかなあ。

私に恐怖を与えるその人が、どうか幸せになりますように。

人間、自分が幸せな時は人に構わないものだ。

その人にとって不幸のきっかけとなった私という存在が、その人の魂の中で完全に消えてなくなりますように。

その人が過去に持っていたものすべてを取り戻すことができますように。

舞台作りも、日々の暮らしも、私がこれから辿る道は、たいへん険しい。

だけど私が選んだ。

険しい分だけ

静かに平穏に暮らしたい、と強く強く願わなければ、きっとすぐに壊れてしまう。

どうか、静かな日々が続きますように。

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ひとだんらく のち しごと

午前中、やっとゲームの台本を書き終えた……。

1月の中旬に手をつけてから、ずっと書いてたんだなあ。

結構長かった。

思ったよりも分量があってびっくりしたけれど、なんとかやり遂げられて良かった。

内容的にはどうだか分からないが、早書き、という点ではお役に立てたんじゃないかと思う。

疲れた……。

と思ったけど、休んでる時間もないので、劇団の作業に着手する。

こっちは楽しくて充実感はあるけれど、やっていてあまり「気楽」ではない。

外注の仕事は他人の土俵。

劇団の仕事は自分の土俵。相撲を取るのは、何かと大変だ。自分なりのこだわりとかもあるしね。

最近は私が年長組?なので、人に多少仕事を教えたりアドバイスしなければいけないシーンが増えてきた。

私は根っからの末っ子だし、あんまりそういうのは得意じゃないけれど、それが役割なら仕方ない。

教えていて気付くのは、教わり上手な人と、そうでない人がいるっていうこと。

何が違うかというと、「礼儀」だろうか・・・・・・。

形式的な意味での礼儀じゃないんだけれど。

教わり上手な人に教えた後は「あ、なるほど~うんうん、ありがとう」「理解できてよかったあ」「こういうことが分かりましたっ」みたいな反応が必ずある。言葉じゃなくて表情とかの場合もある。

それがあると、教えた側も「仕事の成果が出た」という気持になれる。やる気が出るので、もっと教えたくなる。

でも、教わり下手な人に教えた後は必ず後悔がつきまとう。

「知ってたけど」とか「あ、すいません」とか、微妙なリアクションがたいていかえってくるからだ。

間違いを指摘してもらったらお礼を言うのが普通じゃないのかなあ。間違えるのも恥ずかしいけれど、「知ってた」って言いかえすほうがもっと恥ずかしいような・・・・・・。

とにかくそういうリアクションだと教えたこちらのほうが何だか悪かったような気がしてきてしまう・・・・・・。もう教えたくない、と思ってしまうけれど、立場的にそういう訳にもいかない。

ん~まあ、そういう人って全般的に損してるなあ。

結局、私が教え下手(たぶん)だから、教わり上手な人にしか教えられない、ということなのか。

夕方、友人と会って、お茶を飲んだ。

すごく気をつかって優しくしてくれるので、最初はちょっとオドオド。

しばらくしたら、お互い慣れてリラックスできた。

帰宅して、仕事。夕飯を食べるのを忘れていたが、11時半くらいにやっと思い出した。

ご飯を食べて、マンデーフットボール観て、また仕事。

くたくた。眠ろう。

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むじかく の きょうふ

マジで疲れた……。

体力の限界まで書くってこういうことなのかなあ、と思う。

ちなみに知力の限界、という訳ではない。

今書いているゲームの台本は知力で書くタイプの台本じゃないし。

感情主体なので、手をどんどん動かしてスピーディーに書き進めたほうが面白いものができる。

登場人物が体感するスピードで書いたほうがいい。

だけど、やっぱり疲れる。

思わず食欲が無くなってくる感じの疲労。

あと少し。

明日真面目にやれば終わる。

いや。

真面目っつーか、体力があればね。

今は、稽古場が癒しだ。

役者の人たちはみんな生き生きしてていいなあ~。

でもまあ、もっとせっかく稽古場にいるんだから他人に興味を持つといいのに、と思う。

他人同士の会話に関して、役者の人たちってあんまり興味がないんだなあ、とよく思う。

ディスカッションなどをしていて、他人同士で討論が始まると自分には関係ないや、という感じで、別の人とガールズトークを始めてしまう。

要するに自分に向き合ってくれる人にしか興味持てないんだろうなあ。

表現者を志すならもうちょっと耳澄ましていろんな情報収集を心掛けてもいいんじゃないか、という気がする。

それにしても今回は原稿の量が半端じゃなかった……。

ふひ~。

今は体力が足りないのに加えて、気持が弱っている。

こんな時に限って人から怖いメールが届いたりする。

怯えている時に届いた親しい人からのメールに「自分と他人の区別がつかなくなってしまった人は危険」だと書いてあった。

本当にその通りだと思う。

そういう人に限って、その自覚がないことが多い。

心身を守るために、工夫しなければ。

今は無理ができないので、ほうぼうに助けを求めながら、ヨタヨタしながらでも何とか前に進んで行こうと思っている。

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おくのて を つかう

昨日は制作の営業につきあって千葉に行った。

制作と別れるまでは楽しい気分だったのだが、帰宅後、精神の均衡がおかしくなって、夕方から何も書けなくなってしまった。

時間をロスしないためにも、普通の状態を持続させたいものだ。

向き合っていて気持が乱れる人とは、なるべく距離を置こう。

仕事が遅れたら人に迷惑が掛かるし、なにより自分自身がストレスを感じる。

それに私は芸術家ではない。

気分で仕事をするとか、納期に遅れるとか、そんなのは許されないのである

というわけで今日は心を入れ替えて仕事した。

トップスピードには入れなかったけれど、ちょっといいペースになってきた。

あと少し頑張れば今週中に何とかメドがつくだろう。

先方は来週の半ばと言っているから、改稿の時間も含めてそれで十分なはず。

でもまあ、実は……今日はとうとう奥の手を使ってしまったのである……。

最近はずっと睡魔が続いていて、一人でいると、どうしても寝てしまう。特に夕方以降の眠気は尋常ではない。

だから今日は友人に「見張り番」をしてもらった。

友人には同じ部屋の少し離れたところに座って本を読んでいてもらった。そして、時間を区切ってお茶を一緒に飲んだりご飯を食べてもらうのである。

人が待っている、というプレッシャーが掛かった状態で書くと、さすがの私も寝ない。

私が早く書かないと、一緒におやつも食べられないし、ご飯も食べられない、ちょっと切迫してるけれど、ちょっと楽しい、そんなプレッシャー。

見張り番ができる、というのも、特殊能力な気がする。存在感が穏やかで圧迫感を周囲に与えず、一緒にいて居心地がいい、そういう人でなければならない。

かといって空気みたいな存在ってわけでもない。

こういう人はたくさんいそうだけれど、実際探すとなかなかいない。

今日は短時間でだいぶはかどった。とてもありがたい。

また来てくれるというので、とても楽しみだ。

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カチカチしくしく、ひりひり

午前中、あるメールが届いた。

読む前から想像していたが、とても恐ろしい内容だった。

一日中、ひどい精神状態。

なんとか仕事をやろうとするが、なかなか前に進まない。

稽古場から帰って、友人と電話で話しているうち、涙が出てきた。

この頃、泣くとお腹が痛むので、早く泣きやまなければと電話を切った。

相談相手がいなくなれば、涙が止まるかと思ったのだ。

でも、電話を切った途端、びっくりするほど大きな声が出た。

「うえーん、うえーん」と馬鹿みたいに泣いた。お腹がすごく痛い。

泣いちゃダメだと思えば思うほど、嗚咽がひどくなるので、途中からもう、泣くにまかせた。

しばらくしたら寒気がしてきてカチカチ歯が鳴り始めた。

ブランケットを被って、震えながらしばらく泣いた。

カチカチしくしくカチカチしくしく。

顔がひりひりしてきたので顔を洗ってクリームを塗った。

早く仕事に取り掛からなくては、と思った。

悲しみに時間を割くほど、余裕はない。

とにかくせっぱつまっている。

外注の仕事だけでもなんとか区切りをつけないと。

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こるてお

友人に誘われて「コルテオ」を観に行く。

はしごと布にぶら下がって踊る二人組みが特に面白かった。

音楽は短調のものが多かった気がする。

印象に残っただけかもしれないけれど。

中華を食べて帰ってきた。

ひと仕事をした後、ずっと長い間、出しそびれていたメールを出した。

とても落ち込んだ。

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うんめい の ひと

誰の人生にもきっと、運命的な出逢いっていうのがあるんだと思う。

信頼できる人に出逢うと、いつもそう思う。

私の「運命の人」たちは、いつも地味でささやかな人たちだ。

私もその種の人間だから、彼らもそうなのかもしれない。

彼らには、自分を飾って見せる必要がない。

何でも率直に話せばいい。

運命の人、の中には、近からず遠からずの距離感で、一緒に仕事をする人もいれば、

休日、時々会って食事をするだけの人もいる。

もちろん魂が寄り添いあう、そんな間柄の人も。

共通するのは、どの人とも長いつきあいになるということ。

今日もその一人と話した。

仕事のつきあいしかないから、ほんとのところの人柄は分からないけれど、

話しながら「この人とは長くなるだろうなあ」と思った。

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わがままな ふあん

夕方、先週から続いていたゲーム台本蟻地獄から生還。

なんとかかたちにして、メールで入稿。

ふう~すっきりしたよ。

夕方、ちょっと燃え尽きて、昼寝(違う、夕寝?)してしまった。

私は昔から、毎日17:00頃が眠気のピークなのだが、これってみんなそうなのかな?

体温が上がってくるのと同時に、とても眠くなってくる……。

夜稽古に行く途中、電車でよく寝過ごしてしまうのも、時間帯のせいもあるんだよねえ。

1時間半くらい寝たところで、むくっと起き上がって、夕飯を作った。

寒いからスープにしよう。

トーストにコーンスープで軽めの夕飯。

夜は、打ち合わせ。

ワッフルを食べながら5月公演のことを話し合う。

夜、ぼうっと王監督の特集番組を見ていたら、電話が鳴った。

長いつきあいのある親しい人からだった。

とてもつらく、悲しい出来事があったと聞かされた。私も泣いてしまった。大きな悲しみにさらされているその人が心配で、心配で……。

私にしてあげられることは、一緒に泣くことではないはずなのだが、どうしても涙が止まらない。

自分に何ができるのか、その人が何を必要としているのか、それを考えなければならないのに。

電話を切ってからも、涙が止まらなかった。

不安なのだ。

その人が悲しみのせいで、どこかに行ってしまうのではないか。

私のそばからいなくなってしまうかもしれない。

そういう、すごくわがままな不安だ。

その人がいなければ、私は演劇を続けようと思わなかっただろう。

離れていて時々しか顔を合わせない今も、作品を書きながらその人ならどう感じるだろう、と考えることがある。

私の中にその人の感受性が少しだけ入り込んでいて、それも含めて、今の私がある。

私に何ができるか分からない。

まずは私自身が勇気を持って前向きに生きること。舞台を必死で作りあげること。

あとは……何があるだろう。

何故だか分からないが、私が人生を投げ出さない限り、その人も投げ出さないような気がする。

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気分 の 瓶詰め

友人が何故かひな祭りのお祝いをしてくれるという。

ここ数日仕事ばかりやって、いじけた気分でいたので、それを聞いて何だか涙ぐんでしまった。(大丈夫か?私・・・・・・)

仕方ないじゃん。

女って、いくつになっても「いいこいいこ」されるのが好きなんだよね。

っていうか、それは私だけかなあ。

海苔巻きとか、サラダとか、見た目に楽しいものをいくつか買ってきて、家で友人と食べた。

それだけでも楽しい気分。

夜更け、仕事中にちょっとした「イヤな出来事」に遭遇。

気にしないようにしようって思ったけど、すっかり楽しい気分が吹っ飛んだ。

気分ってすぐどっかいっちゃうのね。

瓶詰めにして保存できればいいのに……。

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夢の中で殺意を感じた

さっき突然涙が止まらなくなった。

ここしばらく「死」について考えてなかったけれど、おとといくらいから、頻繁に考えるようになっている。

自分では悩んでるつもりはない。しかし気付けば食欲も落ちている……。

明け方必ず目が覚めるし。

ちょっと欝気味なのかなあ。

まあこんな風に冷静に自分を見てる間は大丈夫だろうけれど。

普通にしてれば治るかな。

そう言えば最近、怖い夢を見た。

私の実家とよく似た作りの家の庭。

その家で私は両親と、姉らしき女の人?(実際の姉とは違う、知らない人)で暮らしている。

彼女はある日、夫らしき男を連れて帰ってくる。

すごい乱暴者で、すぐに手の出るいわゆるDV夫。

私は家の庭で、男の暴力から彼女を守ろうと、男とにらみ合いをしている。

しかし私と男の間に白い犬(実際に子どもの頃飼っていた犬)が出てくると、犬を守る方が先決に思えてきた。

男は犬に向かってライターの火を出したり引っ込めたりしている。

大切な犬を傷つけるつもりなのだ。

私は彼女を見棄て、犬を抱いて逃げ出した。

後悔はあったが、どうしても犬を助けたかった。

逃げながら、彼女はどうしているだろう?無事だろうか?と心配だった。けれど、彼女が自分でそういう男を選んでしまったのだから仕方ない、とも思った。

応接間に逃げて、犬のフワフワした背中に顔をうずめながら思った。

違う。逃げ出したのはお前を助けたかったからだけじゃない。本当は私が怖かったの。あの男が怖かった。銃があったら間違いなく殺していたのに、と夢の中で思った。

目が覚めた後も怖くて怖くて仕方がなかった。

何が怖かったのか、今はよく分からない。

暴力が怖かったのか、それとも、間違いなく殺すという自分の殺意が怖かったのか。

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ものぐさ せいじん

一日、部屋にこもって仕事をしていると、孤島にでもいるような気分になってくる。

すぐそこに街もスーパーもあって、友だちも住んでるのにね。

淋しくて、つまらなくて、投げ出して遊びに行きたくなるけれど、

それをやったら後で自分がキツくなるだけだから。

やっぱり目の前にある仕事を片付けないと。

どんなに量がたくさんあっても、根気よく続けてやっていればそのうち、終わる。

そのうち……。そのうち……。

こういう誰も助けてくれない仕事って、ストレスが多いとか、悪いところばかりクローズアップされる。

実際自殺する人もいるしね。

でも、いいところもあるように思う。

この種の仕事は、私のようにサボリ魔で、どうしようもない人間を強制的に働かせ、更正させる?(まあ何が理想的な状態か分からないけれど)力を持っている。

逃げ場所がないから、否が応でも、そうなっちゃう。

全部放り投げて逃げちゃう人も時々いるみたいだけれど、そっちのほうが大変だと思う。

私のようなモノグサにとっては逃げ出すほうが「面倒くさい」のである。

逃げ出す手順やら、口実を考えるより、じっと座って書き続けるほうが、ラクなのだ。

会社員だった時と同じかな。

通常休まなければいけないような体調の時でも出社していた。

有給をすべて芝居に使わなければならないというのもあったけれど、やっぱり理由は「面倒くさい」だった気がする。

要するに「体調が悪い」と電話するのが面倒なのである。

そのくせ会社で倒れて医務室で休んだりしていたから始末が悪い。同僚たちも迷惑だっただろうなあ。

まあそこらへん、変わってないんだよね。

「メンドクサ星」からやってきた「モノグサ星人」……。

はあ~。

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