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2009年11月

せいてん の へきれき 

勤めていた頃も、辞めた人が思わぬ置き土産をしてゆき、「えっこんなこと引き継いでないよ~」なんて場面によく遭遇した。

私もきっと辞めた時には後に残った人にいっぱい迷惑掛けたんだろうなあ。

でもまあ言い出してから結局、辞めるまで1年ちょっとかかってしまったから、衝動的にやめてゆく人よりは、たくさん引継ぎの時間があった。

劇団を始めてからは、いつも私は残る側だ。

といっても私の周りの人たちはたいてい、皆、誠意をもって引き継ぎをしてくれる人ばかりだから、会社勤めの時ほど、「青天の霹靂な事件」には出くわさない。いや、「なかった」……。

最近、ちょっとめげた。

ダイナマイト級な事件がたてつづけに起こったのだ。衝撃が大き過ぎて、注意したり怒ったりもする余裕もないほど、後始末に忙しい。

世の中ってものすごい人がいる。

何故、ミスに気付いた時点で謝ったり、対処しようとしたり、しないんだろう。

誰も責めていないのに、質問してるだけなのに、何故、怒るんだろう。誰に対して怒ってるの?自分に?なら、鏡に向かって毒づけばいいのに。もちろん小声で。

どうして、自分のことなのに他人に向かって怒るの?赤い顔して大きな声で。

ひょっとして、人のせいにしちゃう、そういう自分が恥ずかしいから、ごまかしてるの?

正義感の強い人なら、そういう人を正してあげようとするんだろうけれど……。

私は逃げようっと。

今は、立ち向かうエネルギーがあったら、別の場所に使いたい。

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ずきずき じんじん

手の具合がとても悪い。

動かないので、パソコンも打てなかった。

用事は電話で済ませているけれど、電話って不便だな。

忙しい人はなかなか出ないし。

先週までは指先が痺れているだけだったが、今週の半ばくらいからは、もう、手首くらいから感覚が無い。

整骨院に行ったら、首から肩にかけて、パンパンになった筋肉が神経を圧迫しているとのこと。

10年くらい前にも患ったが、最近、腕と肩の使い過ぎで再発してしまったらしい。

整骨院に行って、マシになったとスキップして帰ったら、小さな同居人が不満そうな顔をして待っていて、結局それから何時間も抱っこするハメになり、気付けばまた、腕の感覚が無くなっているのだった。

不思議なことに、抱っこしている間はまったく痛みを感じない。

降ろすと、ズキズキ、ジンジンと疼いてくる。

夕方から、稽古に行った。

山手線が止まっていたので、いつもと違う駅で降りて、だいぶ長いこと歩いて辿りついた。

途中、枯葉の中で背中をズリズリしながら寝転んでいる猫を発見。

「和んでますね」と声を掛けたら、飛び起きて逃げてしまった。

悪いことをした。

稽古場では隣の部屋ではおじいさん達が集まって集会をやっていた。

お煎餅のものすごくいい匂いが「これでもか」というくらい充満していて、その部屋の扉の前を通るたび、頭がヘンになりそう。

お煎餅ってこんなに匂いの強いものだったっけ?

「ちょっとすいません」と言って入ってゆき、一枚つまめたらどんなにいいだろう……。

家に帰ると、「ターミネータークロニクル」をやっていた。

ロボット役の女の子、特殊な顔立ちで私は好きだ。顔立ちっていうより「面構え」って言葉がピッタリの容貌。

「ER」に出ていた男優さんが出ていた。ERではロックバンドをやっているトンガッた感じの救命医を演じていた。そっちのほうがハマリ役だったかもしれない。

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め が さめたら

晴れ。いい天気だ。

午後、ほんの少しだが、外に出た。

家人が友人夫妻を私の住む家で、もてなしたいと言うので、皆で迎えに行ったのだ。

ウキウキと同居人を抱いて歩く。

途中、小さな同居人は、年配の女性の腕に抱かれた白い犬を発見し、興奮。

犬も、じいっと同居人を見つめる。

言葉にはならないが、何かを交し合っているよう。

視線だけでも、コミュニケーションは成り立つのだ。

飼い主の女性もそう思ったのだろう。二人で軽くうんうんと頷きあう。

そこを通り過ぎてしばらく歩いてから、待ち合わせ場所が変更になって、ひきかえした。

その道中で犬と飼い主に再会したので、「どうも」と挨拶していたら、家人がイライラとした感じで、人を待たせているから急げと言う。

悲しくなった。

小さな同居人が初めて犬を見た瞬間を、大切にしたかった。

そのことをうまく言い表せなくて、オドオドしてしまう自分にも嫌気がした。

私が住んでいるところは、私の家ではない。

今は他に誰も住む人がおらず、空いているので、数年前からもぐりこんで住まわせてもらっているだけだ。

だから、私が何か言うのは筋違い。プライバシーがなくても当たり前。

理解しているけれど、そのことを考えると、落ち着かない気分になるし、情緒不安定になる。

小さな同居人を連れて、出て行くほうがいいのかもしれない。

でも、同居人は私と一緒にいて、幸せになれるのかな。

ほんとは、「幸せになれるのかな」じゃなくて「幸せにする」と言い切らなければならないのに。

無力感がひどい。

私にもプライドとか、あればいいのに。

怒ったりできればいいのに。

今は守るものがあり過ぎて、考えを口にできない。

自分は何もできない、つまらない人間だという考えが繰りかえし頭に浮かぶ。

貧血がひどいせいか、頭が痛くて、きちんとものが考えられない。

涙がとまらない。

朝、目が覚めたら

空が晴れわたっていて

わたしも素晴らしい人間のひとりで

何でもやろうと思えばできるのだ

という気分に

なっていますように。

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ろうどく

年明けそうそうに、朗読の仕事をいただいた。

ピアニストのIさんのステージで物語を読むことになったのだ。

結局2月の終わりまで、パツンパツンになってしまった。

1月はライブ。

2月は初旬に名古屋で新作短編を上演、下旬に東京で子ども劇の本番。

なるべく早めに劇団主催の朗読ライブをやりたいが、なかなかやれそうにない。う~ん。

1月の仕事が楽しみ。

どんな話を読もう。

楽しみ。

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とがった つめ

寝坊してしまった。

小さな同居人はもうとっくに目を覚まして、一人遊びを始めている。

ああ、ごめんなさい。ちゃんとします。ちゃんと。

抱っこしたまま、掃除や洗濯、走り回っていると、ドアチャイムが鳴った。

まだ掃除が終わってないのに。

鏡を見たら顔がやたら疲れている。

もう少しキレイにしてなくちゃダメだなあ。

私の顔、泥のカタマリみたい。

夜は稽古場へ。

久しぶりにSちゃんに会ってほっとする。

またたくまに時間が過ぎて、帰宅。

小さな同居人は私を待ちかまえている。

私の指を両手で一生懸命つかんで、笑ったり真剣な顔をしたりして、喋りかけてくる。

私も「そうなの」「ほんとに?」「なるほど」などと相槌を打つが、実はあまり話の内容が分からない。

何故だかいつも指をつかまれていると、身体中縛られてしまったみたいに、動けなくなる。

胸が、張り裂けそうになる。

私は「ちょっとお風呂に入ってくるね」と立ち上がりかける。

小さな同居人は首を傾げ、何とも形容しがたい不思議な響きの言葉を発した。

そして私の指を強く握り締める。尖った爪が食い込んで痛んだ。

「大丈夫だよ。どこにも行かないよ。ごめんなさい」

泣きそうになりながら幾度もささやく。

ふと気付けば同居人は、既に私のことなど見ておらず、横にある蜂のヌイグルミと喋り始めていた……。

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すすめ すすめ

本日締め切りの作業をやっとこさ、終えた。

助成金の申請書類。

自分で作るのは初めて。だいぶてこずってしまった。こういうの、向いてないんだなあ。

しかも先週、忙しさにかまけてほったらかしにしてたから、もう時間がないよう~。

1人では途中で投げ出してしまうだろうと、昨夜から近所に住むライターの友人に来てもらって、徹夜をつきあってもらう。

夕方、なんとか作業を終えて、小さな同居人とともに郵便局へ。

間に合った!ハッピーな気分だ。

スーパーまで元気良く行進。ススメ、ススメ、イエ~!!!

ルンルンとお菓子を買いこむ。

よおし、今夜は祭りだ、祭り。

のつもりだったが……結局11時にはもう眠たくなってベッドへ。

徹夜明けはやっぱりこたえるねえ。

小さな同居人は、今夜はおとなしい。

ありがとう。寝かせてくれて。ほんとにありがと。

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鼻じゃなくて、すごく長い「象の話」

来年は朗読ライブを中心に活動しようと思っている。

前からお世話になっているカフェが最近、移転した。

その新しい店は会場にちょうど良さそう。家からも近いし、ピアノもある。広さもまずまず。

見学に行こうと先月から思っていたが、一人で小さな同居人を連れて歩くのが不安で、

先延ばしになっていた。

午後、最近制作を頼んでいるO氏がついて来てくれるという。たいへんありがたい。

早速、行ってみることになった。

そのカフェは駅から5分ほど歩いたところにあった。

内装も含めて、何だかちょっと未完成な雰囲気があるところが魅力だ。好きだなあ。

店のお客さんは品のいい女性と、幼稚園児くらいの娘さんに2歳くらいの息子さん。

広くて清潔な雰囲気なので、子ども連れでも安心してくつろげる。

マスター二人と画家のMさんに挨拶して、トイレやら設備やらをさくっと見学して帰ってきた。

小さな同居人はMさんの絵がとても気に入った様子で、しげしげと見入っている。

私も彼女の絵が好きだ。眺めていると、すぐに30分くらい経ってしまう。

帰ってきたら、どっと疲れが出てしまった。

何だか根性がないなあ。

小さな同居人は機嫌が良く、なかなか眠らない。

3匹の象の物語を作って話してやる。

が、なかなか終わらない。

まじで、すげえ、長い。

赤い象が、放浪の旅に出る話。

ジャングルでおサルさんにバナナをもらうところで、口が疲れ、喉が渇き、頭が痛くなってきた。

仕方なく、続きものとした。

同居人はまだまだハイテンションだったが、家人が訪ねてきたら、すぐにおとなしくなって、マッタリモードに入った。何故?

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蜂となっちゃん

朝、チュパチュパという指しゃぶりの音で目覚めた。

午前中、小さな同居人が顔を痒がるので、医者へ連れて行く。小さな個人医院だが、待合室に遊び場や体重測定の部屋などを備えていて、設備が充実していると感じた。

医師は私と同世代。説明がとても丁寧だ。この人なら信頼できるなあ。小さな同居人は、医師にも、ナースにも、薬屋にも、ニコニコしてみせている。

そういえば行く途中、信号待ちをしてたら知らないおじいさんが笑い掛けてくる。どうしたんだろうと、同居人を見たら、楽しそうに微笑んでいた。

同居人は誰彼構わず人と目が合ったら必ず笑いかけるので、街に出るといろんな人に声を掛けられる。嬉しいようなちょっと困ったような、不思議な気分。

帰宅して遅い昼食を食べていると、インターホンが鳴った。

近所に住むライターのHちゃんがやってきた。

彼女は時々、私の家のリビングで仕事をするのだ。

小さな同居人を少しの間見ていてもらって、掃除や雑用、仕事もできるので、正直、助かっている。

同居人は、ずっと蜂のヌイグルミやオレンジ色のペットボトルと話を喋っている。

ペットボトル、というのは「なっちゃん」のこと。

どうやらパッケージに黒線で描かれた「なっちゃんの顔」が、気に入ったらしく、熱心にうなずきながら話し込んだり、時には怒ったり、微笑み掛けたりしている。

話の内容は不明。とにかく「なっちゃん」が大好きのようだ。

その合間合間に、蜂のヌイグルミにも、声を掛ける。とても忙しい。

私から見るとあまり可愛くないしろものなのだが、同居人は大のお気に入りである。見つめているとワクワクしてくるらしい。ニコニコして手や足を盛んにバタつかせ、はしゃぐ。

夕方、音楽家のHさんが打ち合わせに来てくれた。資料のDVDを見ながら、打ち合わせる。なかなか有意義な打合せができた。

才能もあるし、誠実だし、この人と仕事をすると良い刺激になる。

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きょひ

徹夜でゲームの台本の仕事。

本日夕方の入稿の予定。久々に緊張感を味わう。

結局3時に書きあがった。

台本書きが終わったら、すぐに自分にご褒美をあげることにしている。

そういう習慣だ。

最近は、小さな同居人のところに飛んで行って、匂いをかぐ。それがご褒美。

しかしたいてい、私が抱き上げても、しばらくは顔を見てくれない。さっきまで家人に愛想を振りまいていたのに、私には寝たフリをする。

仕事だったんだよ、と言い訳するのも嫌だから、「もう終わったよ。これからはずっと一緒にいられるんだよ。嬉しいね」と呟きながら、気が変わるのを待つことにする。

風呂に入れ身体を洗っているうち、機嫌が良くなってきた。私には分からない不思議な言葉でしきりと何か喋りかけてくる。

きっと私がその言葉を理解できるようになる頃、小さな同居人はもうそれを卒業している。

そう思うと少し残念な気がする。

私もこの言葉で会話できるようになりたいのに。

瞬くまに時が過ぎ、気付けば稽古場へ出掛ける時間。

徹夜明けでフラフラする。だけど稽古スケジュールが今回はとてつもなくタイト。一回欠席しただけでもついてゆけなくなりそう。

稽古場へ到着して、身体を動かしてみるとふわふわ軽い。なんだあ、大丈夫じゃん。

帰宅すると、小さな同居人がお腹を減らして待っていた。

え?

あんなにたくさん用意しておいたのに?

家人の話では哺乳瓶を拒否したとのこと。

小さな同居人は私を怒りの目で睨みつけると、大きな声で泣き出した。

ごめんなさい。ほんとにごめんね。

同居人は焦った様子で胸をまさぐり、喉を鳴らしながら飲み始めた。

入稿も済んだし、稽古もまたしばらくない。

もう一緒にいられるよ。大丈夫大丈夫。

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おおうなばら

稽古の後、ひさしぶりの劇団ミーティング。

今後のことなど話し合う。

今いる人たちはみんなそれぞれが、信頼できる人ばかりで頼もしい。

これからもマイペースながら、しっかり表現活動を続けてゆこうと話した。

帰宅してすぐに台本書きの仕事。

明日の夕方締め切りだから急がなければ。

たぶん深夜に入稿でも大丈夫だとは思うが、入稿しないことには気が休まらない。早く仕上げてしまえ、という気持になる。

結局徹夜。

途中、何度か小さな同居人の相手をした。側を離れられない、淋しい、つらいという気分に襲われる。

距離的には同じ家の中の別の部屋に行くだけなのだが、同居人を港に置いて、自分は大海原の真ん中に出てゆくような感じ。

仕事中は現実世界のことは考えない。自分がどこの誰なのかも忘れてしまう。

大海原に出ると、淋しいとかつらいという気分もどこかに行ってしまって、目の前にある台詞の大群しか頭になくなってしまう。

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しかく より きゅうかく

一緒に仕事したいかどうか、ミスした時の態度で決まるかもしれない。

困るのは誤りを指摘するといきなり逆ギレするタイプ。

状況とか、他人のせいにするから改善する見込みがない。

ミスしただけでも進行に影響が出るのに、周りの人のエネルギーまで吸い取られる。

相手がある仕事では、行き違いがよく起こる。

しかし行き違いの責任は必ずしも平等ではない。

普通はお金をもらう側が、より積極的に確認する義務を担う。

これが理解できていない人は意外なくらい多い。

特に上記のタイプは、自分がミスした時にまずはクライアントや雇い主の批判をする。

でも一番ダメなのは、そういう人を選んだこと。

ミスを予想できなかったこと。

それこそが深刻な間違い。

だいたい誤りを発見する前には、嫌な予感がするものだ。

今回は、予感がしたまま、時が過ぎてしまった。

念のため、と先方にたまたま電話して、とんでもないことが起きているのに気がついた。

担当の方の好意で、何とかなったのが不幸中の幸いだが、とにかく大変な迷惑を掛けた。

今後はこのようなことが起きないようにしなければ。

「あんたはホントに人を見る目がないね」とは古いスタッフの言。

昔からの友人たちにも言われる。

そうなのかな。

私の周りはおおかた、あなたたちも含めて素晴らしい人ばかりだと思うんだけど、それも幻覚だってこと?

分からない。

ぜんぜん分からない。

う~ん。「目」がダメなら「鼻」に頼ろうかな。

嗅覚で、人を判断してみようかしら。

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わおおお

昼食、ボンゴレを作ってもらった。アサリがいっぱいでとても豪華な感じ。美味しかった。

その後、川沿いの遊歩道を散歩。

この前アフタートークで詩を朗読したけれど、それはこの風景をスケッチしたものだ。

せっかくの散歩だが、小さな同居人はぐっすり眠り込んでいる。

少しでこぼこした道を通ってもまったく目を覚まそうとしない。

たくさんの犬とすれ違う。

ゴールデンレトリーバー、チワワ、ミニチュアダックスフント、パピヨン、柴犬、ポメラニアン、名前の分からない細身の洋犬……。

猫もちらほら。

あ、目が合ったよ。

と同居人に話し掛けたいが気持良さそうに寝ている。

私はちょっと物足りない。

でも仕方ないねえ。

日当たりの悪い小さな公園で、ハトたちに遭遇。密集している。

ハトたちが襲ってくるような気がして思わず同居人を抱く腕に力が入る。胸がドキドキする。

公園の真ん中に立っていると、そこが世界のヘソであるような気がしてきて、なんとなくオタケビを上げたくなった。

暴力的なまでの欲求。

枯れ枝がひび割れのように広がる空に向かって、心の中で叫ぶ。

「私の宝物なんだぞお」

いつもはこのセリフ、心の中で「秘密」という引き出しにしまわれ鍵が掛かっているのだが、時々こうして「王さまの耳はロバの耳」的に叫んで、日干しするのである。

もちろん心の中で。

「わおおおお」

帰宅して、友人たちと会った。

お互いの近況など報告しあう。

頭が麻痺していて、あまりうまく喋れなかった。

でも甘い物を食べながら話すのは楽しい。

ストロベリーとホワイトチョコのマシュマロ。小川軒のレーズンサンド、ハラダのラスク。

際限なく食べてしまった……。

夜中、小さな同居人が泣き出したので、昼間の散歩がどんな様子だったか、語ってみた。

桜の葉が赤く染まり始めたこと。

犬たちに出逢ったこと。

柿がたくさん実っていたこと。

川のせせらぎ。

全部語り終えて、ふと見ると、また眠り込んでいた。

風景って言葉にすると退屈だねえ。何かのおまじないみたい。

知っている言葉が少なすぎるからだ。もっと言葉を覚えたい。

もっと知が欲しい。

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あめ の うた

今日は12月の仕事の顔合わせ。

稽古場へ行く前に、小さな同居人を風呂に入れた。

私が長時間留守にするのを知ってか知らずか、とても機嫌がいい。

楽しそうな表情でクネクネと暴れている。

私のほうはというと、ヘンテコ歌。

今日は家人が来ていてちょっと恥ずかしいので小声で歌う。

デタラメ歌は最近、メロディーが定着してきて、あながちデタラメとも言えなくなってきた。

パターンは二つある。

一つはAメロもBメロもあり、サビ?もある。

もう一つはミュージカルっぽい感じ。アドリブでセリフみたいなものが入る。

とにかく、二つとも文句なくヘボい!

記念に、録音しておきたいような気もする……。

その後、稽古場へ。

3時間みっちり稽古をやり、すぐに帰宅。

と言っても、すぐに稽古場へとんぼがえりしなければならない。

今夜は10月公演の反省会だから。

小さな同居人は家人に抱かれおとなしくしていたが、私の顔を見ると泣き声をあげながら激しく頭突きしてくる。猛烈に鎖骨が痛い。

私が「痛いよう」と泣き声をあげると、何故か満足したように泣くのをピタリとやめる。

ほんのひととき、二人で見つめ合って過ごした。

すぐに時間がやってきた。家人にまた預けようとすると今度はゲップをして私の顔と胸に続けざまに吐いた。

頬をティッシュでぬぐっていると「出掛けたくなくなるでしょう」と家人が言ってくる。

「何故?」

「可愛くて」と家人が答えた。

そうか。吐かれたものを拭いてるだけなのに

なんで胸がいっぱいになるのか、切ないのか……さっきから不思議だった。

いとおしいってこういうことなんだ。

何だか必死な気持で家を出た。

タクシーで稽古場へ戻る。既に反省会は始まっていた。

今回の企画公演は若い人たちみんなで協力し合ってやりたい、というのが目的だった。それを達成するのはなかなか難しかったようだ。

「協力」し合うってスキルが必要。

思うに、最近、そのスキルが足りない人が多くなってきている気がする。

少なくとも、私の身の回りではそうだ。

「し合う」というのはつまり、やり合うってこと。不快で面倒くさい出来事も起こると思うのだ。

その不快を避けようとするあまり、協力し合う、ではなくて、「個々に頑張る」という方向に流れていってしまう。

個々に頑張る、だと必ず仕事に穴ができる。

協力し合っていると、同じ仕事を複数の人が同時にやってしまうという重複が起きる反面、「抜け落ち=穴」の心配がない。

その重複を「ロス」、と考えて神経質に排除しようとする人もいる。

でも私はその考えには反対だ。

お互いに職域に関して遠慮が起きて、穴が生じる危険性が出てくる。

効率の面でいうと確かに「ロス」なんだけど、穴が出来ちゃうよりマシなんじゃないかって思うのだ。

一番いいのは、連絡をしっかりやって、重複が起きないようにすることだけど。

そんなことを考えた。

打ち上げに15分ほど付き合って、帰宅。

同居人は私の親指を爪を立てて握り締める。

やっと一緒にいられる。しばらく抱きしめたまま動けなくなった。

外は雨。

ぽんぽんぽぽぽん、ぴちょんぴちょん。

雨音は歌みたいだねえ。

そんなことを小声で長々と話していたら同居人は眠り込んでしまった。

最近、書いてみたいテーマが見つかった。

来年の秋か、再来年の春あたりの上演を目指して台本にしてみたい。

新聞を読んでいたら、それとは別に、小さな物語を一つ思いついた。

これも、書いてみたい。

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