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2010年7月

ちびたんのだいぼうけん

本番。

午前中の回は、途中から少し歯車が狂ってしまい、うまく行かなかった。

終演後、反省点を話し合いながら休憩。

午後の回はとてもうまくいった。

子どもたちのノリも最高だった。

楽しい。

やっぱりこうでなくては。

「なでなでモード」や「ごめんなすって」など、しずくまち♭ならではのギャグセンスに子どもたちが反応してくれて嬉しい。

午前中は何がいけなかったのだろう。

はっきりと失敗したところよりも、

「なんとなく」間が合わなかったところのほうが、気になる。

理由はなんだろう?

舞台が非常に暑かったのもあるけれど、自信の問題かもしれない。

とにかく、来週の保育園での上演に向け、さらにグレードアップしたい。

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こやいり

昼過ぎに劇場入り。

明日上演する「ちびたんのだいぼうけん」の準備。

思っていたよりスムーズに進行し、珍しく休憩も取れた。

夕方から場当たりや音楽あわせなどをやった。

明日の本番が楽しみだ。

帰宅すると、小さな同居人が、最近ブームになっている?犬の真似をしてくれた。

ベロを出して、ハッハッハッと息をするのだ。

舌を出しているシェパードの絵が家にあるのだが、それを真似しているらしい。

真似っていうのは人間の本能なんだなあ、と思い知らされる。

楽しいよね。真似って。

私なんか他人だけじゃなくて、ときどき、自分の真似しちゃうことがあるくらいだもん。

明日は頑張ろう。

いろんな意味で、バタバタしていて余裕がなく、綱渡りだけれど、

正直ワクワクする。

うん。大丈夫大丈夫。

楽しんでやろう。

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とらいあんぐる

小さな同居人が集中してご飯を食べてくれない。

仕方ないので、毎日演出をこらしている。

別の人に食べさせてみることにした。

ライバル意識を刺激してみたら、どうなるだろう?

最初はミルク缶に描かれた赤ちゃんに食べさせているふりをしてみた。

すると同居人も真似をして、イラストの赤ちゃんの口にスプーンやストローマグを押し付けたりする。

それと私にも食べさせようとする。

そこで私もクロスカウンターパンチ方式で同居人の口にスプーンを持ってゆく。

それに飽きてきて食べなくなると、今度は、猫。

同居人が最近好意を持っている、ぬいぐるみの猫だ。

猫の口にご飯を持ってゆき、食べさせるフリ。

途中で、同居人がむずかり出した。

ひょっとしてヤキモチ?

猫に私を取られたと思ったのかな?

このドロボウ猫、なんちゃって、などと思っていたら、なんと猫に飛びついて頬ずりしている。

逆だった……。

私に猫を取られたと怒りを感じていたらしい。

なんだよう、ふん。

そして猫に食べさせたり飲ませたりしようと一生懸命になっている。

ふーん。そうですか。

もう私に食べさせてくれないのね。

ってそうじゃないだろう……私が、同居人に食べさせなくちゃいけないんだった……。

最近、食事のたびに三角関係のむつかしさを痛感する私なのであった。

明日は「ちびたんのだいぼうけん」の仕込み。

楽しみだなあ、と思ってたら、仕込みであてにしてたメンバーが突然来られなくなった。

困り果てて、近所に住んでいる友人にメールを送る。

うーん、関係者じゃないし、この人に頼める筋合いはまったくないんだけど、この際、こだわってる場合じゃない。

すぐに返信があった。

快く引き受けてくれるとのこと。

なんとなく、やってくれるような気がしていた。

いろんな意味で彼は器がでかい。

ありがとうありがとう。

助かった。

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ときどきしゃべりたい

「友が欲しい」と思うのだ。ガラにもなく。

女であるとか母であるとか、どんな作品書いてるとか、そんなこと関係なく話してくれる人。

私が私であることを認めてくれる人。

友人はいるけれど、みんな、遠い。

外国に行ってばかりだったり、介護していたり。

身近に話せる人が欲しい。

何故みんな恋愛に結びつけて考えるのかな。

世の中、そんなに恋に飢えてる人ばかりなのか?

そんな単純なものじゃないでしょう。

今のところ、恋ほど私をうんざりさせるものはない。

時々、喋りたいだけだ。私は。

その時間があるかどうかは、分からないが。

心の中に言葉が渦巻いて、吐き気がすることがある。

オウサマノミミハロバノミミ~!!!

叫べる井戸でも探すか……。

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ティキティキゴニョゴニョ スゴイスゴイ~

昼、「ちびたんのだいぼうけん」の通し稽古。

夕方、いったん帰宅。

小さな同居人を風呂に入れる。

同居人は「ティキティキゴニョゴニョ、スゴイスゴイ~」とずっと言っている。

スゴイスゴイはたぶん私のまね。

同居人が何かを上手にやるたび、私が感心して「すごいね、すごいすごい」と言うので覚えてしまったのだ。

その後、再びリハーサル会場へ。

今日でリハは二回目。

だんだんかたちになってきたが、まだまだぬるい出来だ。

もう少し間を詰め密な芝居に仕上げたい。

加えて人形のパフォーマンスを改善しなければ。

終わる頃にはヘトヘト。

帰り道、久しぶりに音楽監督T氏と仕事と関係ない雑談をする。

この人とお喋りするの、ほんとに楽しい。

カキ氷が好きなんだそうな。

森永のイチゴシロップのかかった赤いの。

イチゴかな?え?でもやっぱりイチゴじゃない?

という感じがたまらないと熱く語られた。

そうですか……。

私はむしろアイスキャンディーのほうが好き……。

その後twitterのことなども聞いた。

「全然書いてないじゃん」と言われたが

だってしょうがないじゃん。

余裕がないんだもん。ほんとに。

平日は携帯すらいじる時間がないし。

いじってると小さな同居人が襲い掛かってくる。

保育所に預けてる間は仕事しないともったいないし。

っていうのは言い訳か。

最近思ったこといくつか。

ポジティブな言葉は耳に心地よいが、「反省のない前向き姿勢」には進歩がない。

問題が起こった時は、真正面から向き合って話し合いすべき。

上から目線で発言する人のほとんどが自分を過剰防衛しているだけ。

恥をかくことを極端に恐れている。

「役者さんに出演オファーするのって恋愛で言えば告白と同じこと。告白っていうのは恥をさらすってことだと思う。あなたは公演のたびにそれを繰り返してるんですね」

そうです。

私は恥をさらしまくって生きてきた人間です。

恥を恐れていると、信頼が逃げてゆく、と思う。

外見は自然にまかせたほうがいい。

男の人も女の人も。

お洒落はいいが、訂正や修正はよくない。

あるがままがいちばん素敵。

帰宅してパソコン開くと、友人からメールが来ていた。

今の私の状況をピタリと言い当てているあたり、相変わらず鋭い……。

また会いましょうとのこと。

いつもそうだけど、お互い弾丸トークでたくさん喋りそうだなあ。

彼の話を聞いているといつもワクワクする。

暗い話でも、失敗談でも、何故か冒険の物語のように、勇気に満ちているから。

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ははねこ と にらめっこ

思い出した。

GREE版の「恋人はキャプテン」、誰かやってくれないかなあ。

私が担当した風間大翔と近藤遊星のシナリオ、どうなのか気になる。

さっきまで近所に住む友人が、遊びに来ていた。

時々小さな同居人の寝顔をのぞきながら、二人でぼそぼそお喋りする。

最近の人間関係、今度やる芝居のことなど。

友人が帰ってから、ゲームのことを言えばよかったと思い出した。

去年の夏のあの母猫が、また今年もこのあたりで夏を過ごすことに決めたようだ。

最近、スーパーの帰りなどによく遭遇する。

息子?か娘?と一緒の時もあるし、一匹の時もある。

この前などは小さな同居人と目が合って、80センチくらいの距離で3分くらい見つめあっていた。

しまいには同居人が泣き出した。

にらめっこは、猫の勝ち。

というか、よく母猫も同居人も視線を合わせたままじっとしてたね。変なの。

母猫はとてもエレガントだ。

落ち着きがあり、凛としている。

振る舞いが常に注意深い。

私も死ぬまでには、あんな雰囲気を身につけたい。

猫っぽいと言われるが、あの母猫の気品は、私にはない。

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ただ の わたし

個人としての私と仕事をするペンネームの私。

仕事の名前で呼ばれる時に「小さな同居人を含めた個人的な状況」を前提にされるのはとても気になる。

何故って、ペンネームの私が小さな同居人を産んで育てているわけではないからだ。

子どもを産んだのはただの私。一人の人間。女。

ペンネームで呼ばれた時はすなわち仕事の領域に入っていると判断する。

その中で「お母さん」扱いされたりすることにはたいそう抵抗がある。

私自身はいつでも、つまり仕事の時も含めたすべての時間、小さな同居人との関係を前提にして生きている。

すべての時間を捧げる覚悟でいる。

でもそれは私自身の問題だ。

他人が「演劇人の私」と小さな同居人を結びつけるのはいやだ。

同じく、小さな同居人にペンネームの私を結びつけられるのもいやだ。

「自分が出産したから、母を美化する作品を書いたんでしょう?」とたくさんの聴衆の前で、劇評家のA氏に言われたこととも無関係ではない。

私はその作品で母を美化などしていない。

「認識のずれ」を描いたつもりだったし、そもそも作品の発想は出産の三年前に浮かんでいたものだ。

しかし私のプライベートを知った彼女は、そうは捉えてくれなかった。

筆力の無さを指摘されるならいいのだが、プライベートと絡めて批判(批評ではないと思う)されたのには大きな失望を覚えた。

それまで「ただの私」と「仕事するペンネームの私」をそんなに分けて考えていなかったけれど、その出来事以来、とても気になっている。

私は、友人たちにはペンネームで呼んで欲しくない。

彼らと仕事する時にも同様だ。

仕事でしか会わない人はペンネームでいいけれど。

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トパーズ

今日は誕生日にもらったトパーズの指輪を初めてはめてみた。

水色のトパーズ。

トパーズってみんな琥珀色だと思っていたけれど、こんな色もあるんだねえ。

小さな同居人を抱っこしても傷つけないようにと、台座には凹凸がほとんどない。

こんなに明るく輝く石は私の指には似合わない。

でも指輪をはめるっていいね。

時々、指にはまってる石を眺めたりして。

といっても今日は水を飲むヒマもないくらい、忙しかったから、ほとんどそんなチャンスはなかったか……。

炎天下、大通りを歩いていたら、悪童、という感じの少年がアオスジアゲハをつかまえて、ぎこちなく立っていた。

捕まえ慣れてないのだろう。

困った様子で、じっと立っている。

そのうち羽を掴んだまま歩きだしたので、「ああ、放してあげて、お願い」と思わず口に出しそうになった。

男の子は、横断歩道を渡った。

待って、どこ行くの?

と、中央分離帯の植え込みのところにしゃがむとそっと蝶を放した。

よかった。

ありがとう。

蝶の代わりに礼を言うよ。

と思って回りを見回したら、少し離れて歩いていた女の人も同じ思いのようで、微笑んでいる。

悪童、よくやった。

えらいぞ。

小さな同居人が夕飯の時、しきりに自分のスプーンを私の口に入れたがる。

私が小さな同居人に食べさせるのを、どうも真似しているらしい。

私に食べさせてくれるの?

ありがとう。

明日のジョーでよくやってた「クロスカウンターパンチ」みたいに腕を二人で交差しながら、スプーンを口に入れあう。

おむすびが突然キライになったようだ。

おむすび(といってもお団子くらいの大きさしかない)が皿に乗るとつまんで床に放り出したり、私に食べさせようとする。

仕方ないので空豆のペーストとあえて、リゾットのようなものを作った。

そちらは美味しそうに食べた。

今夜はつまらないことで泣きそうになった。

少し不安定なのかな。

人から話を聞いてもらえないのはつらい。

悪意とかなくても、やっぱりしんどいね。

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こえ の ない あくむ

昼間は子ども劇のための作業。

夜、小さな同居人が寝てから、7月の初旬に恩師に手紙を書きかけ、そのままになっていたことを思い出した。

続きを綴っているうちに、作品を読んでもらいたくなって、短編を印刷して同封した。

そんなことをしてたら追伸やら、音源やらどんどん同封するものが増えていって、気付いてみたらもう夜中になっていた。

先生に会いたいなあ。

次に、そうだ、桃、と思い出した。

冷蔵庫にさっき冷やしたのだった。

手でむいていると、ぽとぽとしずくがしたたり落ちる。

ああ、早く食べたい。

あまりにも汁気が多いので、流しの上で、かぶりついた。

美味しい。

夢中で食べていたら一瞬でなくなった。

そうだ、こういうことをこの前、人と話したっけ。

桃とかトマトとか、ナイフで切り分けずに、丸のままかぶりついて食べるのが好きだ、という話。

女の子たちの前で話したら思い掛けなく、ハシタナイ、みたいな反応が返って来たのだが、そのあと別の人と喋ったら、「私もそうですよ」と言っていた。

そういう生理的な感覚が合うと嬉しいな。

その人に「桃食べたよ。丸のまま」とメールか電話してみようかと思ったがやめておいた。

馬鹿かと思われるかもしれん。

そういえば、ゆうべ?かな。

悪夢を見た。

人(私と同じくらいの歳のまるで会ったことのない女性)が私の話を聞かずに、勝手なことばかり言うので、思わず髪を引っ張って突き飛ばした。

相手は平気な顔をしていたが、私は泣いた。

大声をあげて泣こうとするが、声が出ない。

そんな夢。

ひょっとしたら突き飛ばした相手は自分自身だったかもしれない。

だれかわたしのかたをつかんでだいじょうぶだよといってください。

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ゆびさし

小さな同居人は、最近、いつでもどこでも指をさしている。

クマのぬいぐるみ、窓、カラス、電線、ネコ、イヌのぬいぐるみ、エアコン、そして私。

そのたびに名前を教えるが、一日中なのでだんだん疲れてくる。

夜。

寝かそうとすると「ねんね!」と叫んで私の顔をなでなでし、逆に寝かしつけようとする。

私が寝たフリをすると、シメシメという感じでベッドからそっと降りて、隣の部屋に遊びに行ってしまう。

仕方ないから積み木でしばらく遊ぶ。

しばらくして再度寝かしつけにチャレンジすると今度は、イビキをかいてみせる。

もちろん目をあけたまま、イビキの音だけ出すのである。

どうも私が寝たフリする時のイビキの音を真似ているらしい。

「寝たフリ=イビキ」らしいのである。

ま、まあ確かにそうなんだけど。

目をあけたままイビキっていうのはどうかなあ……。

器用に喉を鳴らしイビキをかいてみせては、プッと吹き出して笑いころげている。

真似が嬉しいのか?

それとも、ギャグとしてイビキをかいてるのか?

分からないけれどあんまり面白いから私もしまいにはヒーヒー笑ってしまう。

あなたは面白い人だねえ。

昨日、エアコンの取り付け工事の人に「こわい」と言ったらしい。

工事の人が二人とも「確かにそう聞こえた」と言うのだが、ほんとかどうか分からない。

意味分かって言ったのかなあ。

最近おもちゃのバスを見ては私に抱きつくので「バスが怖いの?」と何度も言った覚えがある。

それで覚えたのかしら。

今日は「ちびたんのだいぼうけん」の初めてのリハーサル。

リハーサルをやってみて初めて全貌が見えてきた。

なかなか楽しい舞台だ。

それに音楽がほんとに最高だと思う。

頑張って仕上げたい。

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すべりだい

保育園に迎えにゆくと、「今日はすべりだいから降りましたよ」と声を掛けられた。

「え?す、すべりだいですか?」

階段が2段ついた、低いすべり台に一人で登って、上で身体の向きを変えてから腹ばいで足を下にして滑り降りたらしい。

もっと大きい子用の遊具だと思っていたのに、小さな同居人があれに登って降りたとは……。

保育士さんも「一人で登り始めた時は私もびっくりしましたが、でも本人はできると思ったみたいです」

そうなんだよねえ。

小さな同居人は、とても大胆で楽天的な人なのだ。

嬉しいような怖いような。

正直言って、怖いと感じることのほうが多い。

私は、絶対に小さな同居人を失いたくないからだ。

でも、それが持って生まれた性格ならば、それを生かして成長していって欲しい。

失いたくないからと、過度に心配してチャレンジの機会を奪ってはいけない。

「これは危険だよ」と教えるのと同じだけ「こうすると安全だよ」と伝えるようにしている。

ソファやベッドから、頭を先にして降りるのは危険。脚から降りると安全。

でも高さによって、脚からも降りてはいけないよ。

大胆だったり決断が速いのは、スポーツには役立つかもしれないね。

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うれしい いちにち

午後、メンバーたちと横浜でやる子ども劇のための作業をした。

久しぶりに会った古いメンバーの優しい言葉に、励まされた。

少しの間だが、いろいろ話せてよかった。

夕方、久しぶりに以前お世話になったプロデューサーのKさんから電話があった。

小説を書かないか、とのこと。

話を聞いたら読者が限定されていて、内容も特殊。

楽しそうだなあ。

話が決まるかどうかは別として、ウキウキした気分になった。

もっとも時期的にはどうなんだろう。

台本執筆もあるし、大丈夫かなあ。

でも仕事が途切れないのは良いことだ。

まあとにかく決まった訳じゃないんだし気楽に構えていればいいや。

小さな同居人は風呂から上がったら突然ハイになった。

と思ったら突然ひとりで立った。

10秒くらい立っていてそれからソフトに尻もちをついた。

とうとう私も見てしまった。

一ヶ月以上前にも一度見たけれど、たぶんそれは偶発的に出来てしまっただけだろう。

今夜のは、「素敵な手品をお見せしますよ~ほうら、ぱっ」という感じ。

立ってから自信ありげな表情で私を見あげた。

ひょっとしたら、人の見てない時に結構何度もやっているのかもしれないなあ。

その後、さらにハイになってふざけ始めた。

ワライダケでも食べたのか?というくらい笑いが止まらない。

なかなか面白い状態だったからビデオで撮った。

夜更け、パソコンを開いたら

元メンバーのIちゃんから「無事出産しました」というメールが届いていた。

嬉しくて泣きそうになる。

良かったね。

おめでとうおめでとう。

仙台では相方のTさんやIちゃんのお父さんお母さん、みんなでワイワイ喜びを分かち合っているんだろうなあ。

私も早く顔が見たい。

会いたいな。

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さっと えがおになって

本物の馬車馬を見たことはないからなんとも言えないのだけれど、

毎日そんな感じで働いている。

わき目もふらずに走り続ける。そんな感じ。

昨夜は夜遅く友人が訪ねてきてくれた。

取材でトルコに行くのだという。

すでに下見で一度訪れているそうで、腕にトルコ製の「邪視除け」をはめていた。

今日は熱があり、身体が痛くてたまらなかったのだが、友人と話しているうちに元気になってきた。

10月公演のアイディアもわいてきた。

不思議だ。

鬱々とした気分だったのに何だかせいせいはればれとした気分。

行ってらっしゃい。

帰国したら会いましょう。

今日はいい気分のまま、仕事した。

小さな同居人は最近、週に何度か保育園に預けている。

迎えにゆくと、楽しそうに遊んでいたくせに、私を見ると怒って泣き出した。

置きざりにした、と思っているらしい。

顔を真っ赤にして、私に抱きついてくる。

バギーに乗せていると、2階の窓からさっきまで小さな同居人と遊んでいた男の子二人組みが、バイバイと手を振ってくれた。

小さな同居人は甘えてダダッコになっていたのに、さっと可愛い笑顔になって、2階に手を振りかえした。

うーん、なんかずるいよう。

こうしてだんだん、成長してゆくんだなあ。

夜は団員ミーティング。

10月公演の内容についてもう一度検討。

途中、小さな同居人を寝かしつけ、ご飯をみんなで食べた。

レンコンとひき肉の煎り煮とピーマンと肉の炒め物、それにインゲンのゆでたもの。

女優のKちゃんが美味しいと喜んでくれたので嬉しかった。

今日は仕事もしたし、離乳食も作ったし、お惣菜も作った。

頑張ったから早く寝よう。

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とびら の まえ

人に甘いものをごちそうすることになり、

新宿高野のパーラーへ。

いつになくたくさんお喋りする。

ああ、人と喋るのって楽しいな。

なんて書いてると私ってほんとに孤独な人みたいだなあ。

この人の話はいつも勉強になる。

私はよく「ビジョンがないね」と言われるが、彼はたくさんの視点を持っている。

本当は、感心するんじゃなくて、反感を持つといいんじゃないかとも思っている。

尊敬って、行動に対して直接的に働かない気がするからだ。

私は、感情を抱く前にすぐに尊敬か軽蔑かしてしまう傾向があるように思う。

好きか嫌いかのほうがたぶん重要なのに。

一見すると彼も同じ種類の人間のように感じるが、本当は私とは違って感情の激しい人かもしれない。

もっと話を聞いてみたかったのだが、舞台監督を担当するダンス発表会の打ち合わせのため、参宮橋へ。

ダンスのI先生とホールスタッフの方と、照明音響のタイミングと内容について話し合う。

ごくわずかだが有用なアイディアを提供できたように思う。

帰宅すると小さな同居人が扉の前に座って待っていた。

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そふと しりもち

小さな同居人が3回ほど支えなしで立ったらしい。

しばらく立ったのち、ソフトに尻もちをついたとのこと。

立ったのも嬉しいが、尻もちつくのが上手になったのも嬉しい。

怪我しないで済むしね。

ソフトに尻もちつくのは大人でも難しい。

立った瞬間を目撃した母に、ビデオ撮らなかったのか聞くと、

倒れないか心配で、それどころでなかったとのこと。

確かにね。

そういう時って、手をヒラヒラさせて、「倒れないでパワー」を送るのに一生懸命になる。

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かじる

小さな同居人は、最近追いかけっこにハマッている。

私の前にハイハイしてやってきて、思わせぶりな視線を投げる。

そして、ハイハイで爆走する。

追い掛けられてもいないうちから「キャッキャッ」と楽しそうな声をあげるので、つい、作業を一時中断して追い掛けてしまう。

何気なく洗濯物を抱えて歩いていると後ろから息を荒くして追い掛けてくる。

走って逃げると、歓声をあげながら突撃してくる。

そんな感じだ。

かくれんぼも好きだ。

私が戸口の陰に隠れると、見つけようと、走ってやってくる。

今度は自分が隠れてみせようとするが、可笑しくてたまらない様子で、発見される前に笑いころげてしまう。

うん。

相手が驚くところとか想像すると、なんだかワクワクして、たまらなくなるんだよね。

気持は分かるよ。

それと、私のヘソが気に入ったらしく、服をめくって指を入れようとしてくる。

数日前「まあいいや」と思っていじらせておいたら、痛くてたまらなくなった。

指を入れるのを拒否したら、齧ってきた。

ううやめてくれ。

歯は上4本、下2本生えているから、噛まれると半端なく痛い。

ムーミンのぬいぐるみのしっぽを齧っていたので、「やさしくしてあげてね。なでなで」と言ったら、なでなでしながら思い切り齧っていた。

そうじゃないんだよう。

私も母を齧って流血させたことが何度もある。

覚えているということは、結構大きくなるまでやってたということだろう。

齧るのって楽しいもんなあ。

まあ分かるんだけど。

どうしたものやら。

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うみのそこのじゅうにん

稽古を休んで演出助手のHちゃんとダンスの先生のお手伝いに行った。

今日は、来月行なわれる発表会のリハーサル。

ホールのスタッフの方とご挨拶をして場当たりと通し。

私とHちゃんは舞台監督の役割を期待されている。

前回の通しが自分たちの本番で見られなかったから、段取りが分からず、とりあえず見守りつつ、最低限のお手伝いをする。

とにかく流れを頭に入れて、当日はお役に立てるように頑張ろう……。

帰ってきてからなんとなく、海の底にいるみたいな気分になった。

孤独。

ネガティブな気分。

何故だろう?

自分を好いてない人たちの中で仕事するのは慣れている。

でもやっぱりしんどい。

というか、最近、敏感すぎるのかな。

小さな同居人はなかなか寝てくれない。

私の体力はもう限界だ……。

抱っこしたまま、暗い家の中をゆらゆらとさまよう。

ずっと眠ってくれないので、身体中ズキズキしてきた。

古い友人に電話する。

「海の底にいるみたいなの」

「そうみたいだね」と友人が呟くみたいに言った。

そのボソボソした声を聞いたらほっとして、涙が出てきた。

しばらく話してから腕の中を見ると、同居人は完全に寝入っていた。

私がピンと張りつめてたから、眠れなかったのかな。

友人は自分も孤独だと言った。

「でも、ごまかし方を知ってるからね」

そうか。

この人も海の底の住人。

ひとり海の底をさまよっているみたいな気分の時、この人に電話したくなるのは、そういうわけだったのか。

私は海の底の住人ではなくて、

時々もぐるだけ。

ダイバーだ。

友人は、深海魚。

海の底に慣れているし、ここでの過ごし方を知っている。

今度、案内してもらおう。

海の底を。

教えてもらおう。

この、ずっしりと重い水の中で呼吸する方法を。

昔、スキューバダイビングで潜った時、ここは無重力の砂漠みたいだと思ったっけ。

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はしりながら かんがえる

長いこと書けなかった。

時間が凄まじい勢いで流れてゆく。

小さな同居人は、壁につかまりながら歩くのがとても上手くなった。

はいはいも早い。

だから私は一日中追い掛け回されている状態だ。

床掃除の時、モップをつかまえようと走りまわるので困る。

じゃれつく姿がまるで猫のようだ。

仕方ないからバンボ椅子に拉致する。

それだけだと暴れるからおどけたり、おどったり、エンターテイメントする。

料理は家人が手伝いに来てくれる間か、同居人が寝ている間にまとめて済ませ、小分けにして冷蔵する。

こうすると私の食事も離乳食も電子レンジだけで済む。

足元に絡みついてくるので、同居人が起きている間はほとんど火を使った調理はできないのだ。

ここ数ヶ月、同居人は電子レンジと冷蔵庫に並々ならぬ執着を示している。

お腹が減ると電子レンジのところに行って、扉を叩いてみせたり、冷蔵庫の周りをうろうろする。

赤ちゃんおせんべいを保存している缶をあけるだけで、走ってくる。

人間と動物は違う、と主張する人には怒られそうだが、昔、飼っていた犬もそうだったなあ。

絵本も好きで、一日のうち何度か読んで欲しがる。

今好きなのは「いないいないばあ」と「いいおかお」だ。

ページが最後に近付くと、

自分で勝手に最初のページに戻してしまう。

お話がおしまいになることを恐れるのは、私と同じだ。

私も自分で書いている物語がおしまいに近付くと、

なんとなく書き終わるのが惜しくなってきて、ペースダウンしてしまう。

姉の友人のウクライナ人がプレゼントしてくれたドイツの絵本も気に入ったようだ。

切り抜かれた牛や馬の絵にマグネットがついていて、馬小屋や牧場の絵にはめることができる。

同じバージョンで海の絵本ももらった。

海のほうには海賊みたいな人形がついていた。

絵の意味は分からないようだが、絵に見入ったりマグネットをなめたりしている。

最近、オシムさんの「走りながら考えるサッカー」をよく思いだす。

今の私に必要な方法論だ。

四六時中、追い掛け回される中で、なんとか仕事をしなければならない。

うーん、でも難しいなあ。

どうしたらいいんだろう。

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どろみず を かけたくない

ウルグアイ×ガーナ戦はとても面白かった。

卑怯なのかもしれないが、スアレスのハンドは正解。

あそこでボールを手で弾かなければ、ウルグアイの敗戦は絶対に決まっていたのだから。

私は彼の、超現実的な判断を、評価する。

今日は家族が手伝いに来てくれたので、落ち着いて仕事ができた。

それに食事もちゃんとできた。

本当に助かる。

やっと子ども劇の台本が上がった。

正直、ほっとした。

これから10月公演の台本に手をつける。

どんな話になるのか、あまり決まっていない。

断続的にシーンが頭に浮かんでいるだけだ。

何だか楽しみだなあ。

知人が、またメールを転送してきた。

人に送った恋文を読んで欲しいとのこと。

困った。

なんで他人に送ったメールを読んで欲しいんだろう?

まあ、いくつかアドバイスはできるけど、もう送りつけちゃったみたいだし、私がどうのこうの言っても始まらないんじゃないだろうか。

一番いけないのは恋愛に一生懸命なこと。

私が思うに、必死になるほど、努力すればするほど、恋って実らない。

やっぱり余裕が大事なんじゃないだろうか。

一度きちんと正面からぶつかって無理だったなら、

見守るのに徹してみるとか。

追い掛けまわしても、いいことない。

あ~なんだか超現実的な意見ばかり書いてしまった……。

恋の物語は書き続けたい。

それに、みんなの恋愛がうまくゆくように、うっすら祈ってさえいる。

でも、恋に未来を感じない私に、意見を求めないで欲しいのだ。

ロマンティックなあなた方に、泥水を掛けてしまわないか、気が気ではないのだから。

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