あまく するどい いたみ
ここ二ヶ月ほど、小さな同居人が一番好きな遊びは、
「ねかしつけごっこ」である。
自分が眠たくなってくると
何故かベッドや床にぬいぐるみを並べて、ハンカチや毛布を掛ける。
そして、思い切り手を振りかぶってトントン叩く。
小さな同居人自体は、トントンではほとんど寝ない。
試してみたことはあるが、私のトントンは、効果がない。
分かりやすいような分かりやすくないような。
なんで自分が眠たいくせに、ぬいぐるみを寝かしつけようとするんだろう。
と思っていたら、最近自分も寝転んでトントンしている。
トントンされて眠りたいのか、と思ってしてあげると、飛び起きる。
「おっと、うっかり寝るところだったぜ」という感じ。
真夜中、私がもうすでに眠っているのに、突然起き出して、トントンしてくる時がある。
テニスのサーブみたいに腕の振りかぶりが大きいから、かなり痛い。
寝かしつけの歌も歌う。
メロディーから察するに「江戸の子守り歌」。
ただ、原曲とは違って、長調っぽく聞こえるので、アレンジを加えてあるのか?
週末来ていた母が、小さな同居人に「再会ごっこ」を教えたら、
すごく気に入って一日のうち、何度もやるようになった。
【再会ごっこの概要】
まず二人組みになり、互いに少し離れたところに立つ。
「××ちゃん、逢いたかったよ」
「ママ」
と叫びあったのち、走り寄って抱き合い、感涙にむせぶ。
小さい頃、蜜蜂ハッチの冒険の母子再会のシーンを、母にやらされた覚えがある。
もちろん私がハッチ役で、母がハッチのママという配役。
何故、母は私に「母を探して三千里」とか、ハッチとか、マーヤとか
母を探す物語ばかり繰りかえし読んで聞かせたのだろう?
私が母を描いた物語を長い間書き続けているのは、
その影響を強く受けているものと思われる。
小さな同居人は、私とではなくて、母と再会ごっこをやりたがる。
私が複雑な思いを抱いていると感じたのか。
私だって再会ごっこは好きだ。
でも、ほぼ毎日、私は夕方、園で感動の再会をしているからなあ。
迎えにゆくとたいてい、小さな同居人は、抱きついてはこない。
泣きそうになりながら、さりげなく振舞って、私から抱きつかれるのを待っている。
私もさりげなく近付いて抱きしめる。
すると首すじのところに小さく噛みついてくる。
甘く、鋭い痛み。
その注射を受けると、私の心は仕事を忘れ、小さな同居人だけのものになる。
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