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2012年4月

にゅうこう の あと

夜更け、入稿。

なんとか間に合った。

月末が締め切りだが、これから旅に出るから、今日どうしても入稿しなければならなかった。

これでゴールデンウィークはのんびりできそうだ。

小さな同居人とずっと一緒だ。嬉しくて仕方ない。

今日は学校を休んでしまったが、仕方ない。

まあ、5月6月は仕事が入らないだろうから、出席日数は余裕だろう。

万が一、仕事が入ったらどうするか、ちょっと分からないが、とにかく頑張るということで。

執筆の仕事は、精神的にはあまりよくないのかな。

最近、よくそんなことを考える。

でもまあ、私が今持ってる技術(たいしたもんでもないが)と言ったら、そのくらいしかないしなあ。

とにかく仕事が来る限りは、なんとか続けよう。

来年は新しい学校に入学するが、少しのんびりして、人間ドックとかも受けてみよう。

計画では、幼児教育の特殊資格をとるため、週二回学校に通い、執筆で生計をたて、保育系のパートと子供向けのワークショップで幼児教育の実践を積む。

表現活動では、朗読劇の公演もやるつもり。

忙しいかしら。

保育系のパート、ちょうどいいのが見つかるといいなあ。

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ぽめらちゃん の こと

今日は家で一日仕事。

最初はあまり気乗りしないでやっていたが、ドラマを書くのはやはり楽しい。

なんか、結構感動の物語になってきた。

笑いあり、しんみりありで、なかなか面白い展開。

実はポメラを買った。

8000円くらいだった。安い!

ノートPCよりも気軽でいいなあ。起動も早いし。

あ、ネットとか、遊び要素がまったくないというのも重要です。

もしなくしちゃったり壊しちゃったりしても、あまり惜しくないのもミソ。

自転車でごとごと通っているから、丈夫さも大切。

なんで買ったと言えば、学校で仕事できるようにである。

ライターの友だちが持っていて「これ、マジいいっすよ」と言っていたけれど、本当だ。

余計な機能が一切ついていないのは、素晴らしい。

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ゆめ を みたら ままが くるの

「ゆめを みたら ままが くるの?」と、

小さな同居人が、園での昼寝の時、言ったらしい。

寝かしつけの担当だった先生が、迎えの時、近づいてきて教えてくれた。

また涙ぐんでしまった。

土日は、仕事の締め切りに追われ、世話は両親と姉にほとんどまかせた。

仕事中、モニターから目を離した瞬間、目が合う。

ニコッと笑いかけてくれるが、なんとなくそれが大人っぽくて胸が痛む。

本当はわがまま言いたいだろうに。

今は、テレビは「ダーウィンがきた」のみ、見せている。

私は仕事で見られなかったが、じいじと見たそうだ。

今日はオランウータンの群れがテーマだったそうで、

放置された赤ちゃんを、人間が育て、また森に戻すという保護活動を扱っていた、とのこと。

お母さんがいなくなったオランウータンの赤ちゃんを見て、悲鳴をあげて、じいじの胸にしがみついたそうだ。

興奮したせいか、寝かしつけの時、ハイになったり泣いたりしたりを繰り返し、

「こんこんちゃんの おはなし して」と言うので、

いつもの「手袋を買いに」を私なりに嚙みくだいたものを語っていたら、

10時くらいになってやっと眠った。

最近ますます言葉が豊富になってきて、

さりげない口調で「そろそろ いこうかな」などと言うようになってきた。

眠る前、ベッドの上で、ぬいぐるみを寝かしつける儀式をやることが多い。

ぬいぐるみをたくさん並べて、手ぬぐいを毛布がわりにかけて、トントンしてあげるのだ。

子守歌らしきものも歌う。

今夜は、「おはなし してあげるね」と言って不思議な話をしはじめた。

「あるところに もりがあります もりに うさぎさんが やってきました」

「それで?」と私。

「くまさんが やってきました ふたりは どんどん どんどん もりを あるいていくと……くまさんは くまさんは」

と考え込んだ。

「それで?」と私。

「めえめえちゃん が やってきました」

なるほど、新手の人物を登場させたか。

いいよね。展開がちょっと稼げるし。使える技です。

うんうん、私もよくやります。

そのあとは、寝かしつけているぬいぐるみたちが毛布から、はみ出たということで

「ちゃんと かけてね」などと言いながら直してやっていた。

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あかちゃんがえり

小さな同居人が、ここ数日、泣いてばかりいる。

最初は本気で泣いているのではなくて、私に言うことをきかせるため、戦略的に泣くのだが、

そのうちに本当に悲しくなってきて、本気の泣きに変わる。

言うことを何でもきくわけにもいかないし、どうしたものか。

泣くのと同じ回数、最高に機嫌が良い時がある。

機嫌が良いときは、ものすごくウハウハで有頂天。

要するにアップダウンが激しい。

子どもはみんなそんなものかもしれないが、ここのところ激しすぎるような気がする。

4月で保育室も担任もかわって、慣れない環境にあるための情緒不安定か。

それとも最近の私の対応に理由があるのか。

別になんとなくなのか。

そして、おっぱいを欲しがって抱きついていたがる。

抱っこしてもずっと泣き止まないこともある。その状態が30分以上続くことも。

私を試しているような気もする。

なんだか自分がサイコロとか、そういうものになった気分。

そんなに転がしても、ほんとうにもう、何も出てこないよ。

赤ちゃんがえり?

学年が上がり、お姉さんになった、というプレッシャーを何かの形で感じているのかもしれない。

赤ちゃんになったのなら、それはそれでかまわない。

赤ちゃん、大好きだよ。しばらく赤ちゃんでいようか。

抱っこしようね。

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おんなのこ の こえ は

今日はピアノのレッスンのみ。

締め切り近いため、学校を休んで、整骨院行った後、ずっとパソコン前に座っていた。

と言っても、結局サボってネットばかり。

ユーチューブで幼い女の子が歌う映像ばかり見てた。

6歳くらいまでの女の子の歌声って特別だ。

声変わり前の男の子の声も綺麗だけれど、女の子の声は神の声のよう。

聞いているとトランス状態になりそう。

一応仕事もしました。

昨日今日で、設計は終わったので、これからはレンガを積み上げて外壁と内装を仕上げます。

明日は、一日学校。

できたところまで、印刷して講義中に執筆しようっと。

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あまぐもたち は いつも

小さな同居人が、夕飯の手伝いをしてくれた。

テーブルを拭いて、トマトを盛り付けた皿を運ぶ。

「ありがとう。〇〇は優しいね」と言うと

「いつも やさしいよ」とかえしてきた。

気の利いた台詞だね。いただき。

寝かしつけていると、突然顔をすくっとあげて

「ほいくえんで 『ままがいい』って ないたの」と言ってきた。

「いつ?」

「おひるねの とき。せんせいが 『ままは おしごとだよ』って いったの」

「そう。そのあと せんせいは どうしたの?」

「だっこしてくれた。あのね ままに あいたかったの」

「そっか……」

言葉を失って顔を見つめていると、

「おひるねのとき さびしくなったの」と言いながら、にっこりしてきた。

胸が痛くなって、抱きしめた。

ママも会いたかったよ。ずっと会いたかったよ。

小さな同居人は、しばらく顔をうずめていたが、また顔をあげて言った。

「こいのぼりを べらんだで とばしたの」

「こいのぼり 作ったの?」

「うん。のりで ぺたっと はったの」

仄暗い部屋で、こいのぼりの話をしているうち、やがて

かすかな寝息をたて始めた。

寝室を出ると、雨音が聞こえた。

これで桜は完全に散ってしまうだろう。

いつも、桜が満開になると、雨が降ってくる。

まるで、雨雲たちが、満開になるのを待っていたかのように。

まどみちおの詩だったか。

桜をほめようと思うけど、なかなかタイミングがつかめないうちに、散ってしまう。

そんな詩があったような。

27日までに二本、書かなければならない。

月末は、小さな同居人とともに、温泉と牧場に行く。

それまでに、なんとか仕上げねば。

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うみのおと が きこえる

先週のこと。

小さな同居人が、朝、風の音を聞いて窓を指し、

「ねえ、みてみて。うみのおと が きこえる」と言う。

音を見る……。

詩人だなあと思いながら、

「風の音と、波の音はにてるね」と答えると、

くまのぬいぐるみに真面目な顔で

「あれは うみのおとじゃないのよ。かぜのおと。ここは しらはま じゃないのよ」

と教え始めた。

紀伊半島の白浜に先日行ったので、海と言えば、白浜なのだろう。

今日は二年前期、初めてのピアノのレッスン。

なんとなく、憂鬱になった。

つくづく、私って人間嫌い?なんだなあと思う。

帰宅してから、小さな同居人とブロックで遊んだ。

小さい子用のレゴで、動物園が作れるタイプのものだ。

小さな同居人は、キリンのための作業車を作った。

手すりの部品を二つ取りつけて、作業アームにする。

そこに、ブロックを一つ挟んで運ぶ。

作業車を操縦しているらしいキリンが、「わぁい、わぁい」とはしゃいでいる。

(もちろん小さな同居人が、セリフを言っている)

この前、一つ年上の子と一緒に遊んでから、

ブロックの組み合わせ方が、高度になってきた。

ジャングルジムなどの運動遊びでもそうだが、

少し年上の子どもが実際にやっているのを見ると、習得が早いようだ。

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すばらしい と さけぶのだ

ここ数日、憂鬱だったのが、少し治ってきた。

ひょっとして気圧の変化と関係あるのかな。

そういえば、低気圧がやってくる前日は、肩こりや頭痛がひどい。

今日も学校が早く終わったので、1Q84を読んで、相棒の再放送を観た。

言葉を丁寧に書くって大切だ。

村上春樹を読むと、そう思う。

いちおう執筆で日々の糧を得ているのだから、

もっと、本を読んで勉強しよう。

あ、本を読んでだらだらすることの言い訳じゃないけどね。

はは。

小さな同居人は、新しい教室や先生に慣れないのか、

家でもずっと興奮状態だ。

昼寝をできていないためか、

今夜はカットアウト、という感じで寝てしまった。

小さな同居人のことを考えたり、姿を見たりするだけで、

ワクワクうきうきとした気分になる。

前からそうだったが、

最近さらにその傾向が強くなったように思う。

正直、「素晴らしいっ!」と世界に向かって叫びだしたい時もある。

時間を有効に使えばいいのに、

ぼおっと掲示板とか見て無意味なダラダラの後、

やっと仕事する気になって、プロットを三つ書いて入稿。

本読んでから寝よう。

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けいはつ される

明日から学校。

自由に過ごしたいな、となんとなく思った。

いや、いつも自由でデタラメな暮らしだけどね。

とにかく、自由、ということで、本を4冊買った。

一冊は東野圭吾の軽めのミステリ。

三冊は、「1Q84」。

後者は、出産時の入院の際に読もうと決めていたのに、

結局、入院中はずっと仕事をしてしまい、本を読む時間が無かった。

(友人たちは買ってきてくれると言ったけれど、

読む隙がなさそうだったので辞退した)

ということで、念願かなって買いました。

東野圭吾は、喫茶店に入ってお茶しながら読んで、

村上春樹は家に帰ってから読み始めた。

女性の登場人物がいつものパターンで微妙なのだが、

おはなしの内容は面白い。

面白いので、のろのろ読んでいたら一巻しか読めなかった。

続きは、学校で。

退屈な講義の時、読もうと思う。

本を読みながら、相棒の再放送も見た。

このドラマはいつも、勉強になる。

いろんな人が台本を書いているようだが、

どれも私が書けない種類のものだ。

特に、オープニングがいつも工夫されていて、感心する。

もはや、

文章や、台本で、世の中に打って出ようとは思っていない。

力の点から言って、私には無理だろう。

でも、努力して、もう少しマシなものが書けるようになりたい。

それには、もっと言葉そのものや、語り口を学ばねば。

私の長所は、

自分のアイディアを面白いと信じる力を持っているところ。

まあ、それくらいしか、私の持ち物はないんだけど。

でもそれだけでずうっと創作を続けてきた。

これからは、磨く努力もしようと思っているよ。

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