ぜりー の うた
レポート提出のため、実習先に訪れた。
昼食の時間に行ったのは、担当していた少年の顔を見たかったからだ。
気付かれずにそっと部屋を覗くには、このタイミングしかなかった。
彼がいるはずの場所を狙いを定めて廊下の窓からぱっと覗くと、
何人かの子どもの中で、顔が浮かび上がるようにして見えた。
小さな椅子の上に膝を抱えて座り、何も食べず宙を見つめていた。
私と一緒に食べていた時は、いろんなことを話したね。
中には私には分からない不思議な言葉もあったけれど、私は楽しかった。
今、大きく見開かれた瞳には何も映っていない。
でもきっと次の瞬間にはパッと面白いことを思いついて笑顔になったかもしれない。
私が見たのはたった一瞬だ。
きっと楽しく笑っただろう。きっとそうだ。
元気でね。
そう思いながら施設の入り口を出た瞬間、大粒の涙がこぼれ落ちた。
大丈夫。
数字を愛するきみの賢さが、きっときみの人生を守ってくれる。
だから好きなことを、ずっと好きなままでいて大丈夫。
お元気で。
いつも幸せを祈っています。
午後はピアノのレッスン。
ノクターンの一番を弾く。
ソフトペダルが何だかうまく使えない。
踏むタイミング以前に、足を乗せるタイミングが掴めないのだ。
とうとう楽譜のその箇所に、「足」と殴り書きされた。
私が思わず吹き出すと、
「ああ、これは気が利かない言葉だよね。『乗せる』って書いたほうがよかったかな」
と先生が真面目な顔で言うので、さらに笑いが止まらなくなった。
面白いなあ。先生。
小さな同居人が梅ゼリーを食べながら何か歌っている。
「なんの歌?」と訊ねると、「ぜりー の うた」と言う。
「歌って」
「うん。ぜりー ふううあ まんもん~」
適当に歌っているのも面白いがちょっと要求してみた。
「ゼリーのこと、どう思ってるのかもっと歌ってみて」
真剣な顔で頷いて歌い始める。
「ぜりー ふうう なくなっちゃうよ かなしいねえ」
お見事!思いが歌になってるぜ!
歌い終わると解説する。
「ぜりー が なくなっちゃうと かなしいからね そーゆーうた」
そうか、そのまんまだけどすごいぜ、この歌。
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