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2013年1月

れんさ から まもる

穏やかな日々が続いてほしかったが、思わぬところで伏兵。

また胃をやられた。

どうしてそっとしておいてくれないのだろう。

「人に何かをしてあげたとしても、それは無礼を働く理由にはならない」

私自身は正反対の環境で育ったから分からなかったのだが、30代のはじめ、自分の側から人が何人か去ってみて、気がついた。

そして、自分自身を本当の意味で大切にしないと、人を大切にできない、とも思った。

自分自身を冷静に振り返る環境を確保する意味でも、家族との距離感は大切だ。

それができていないと、小さな同居人との家庭の中で同じことが起こる。

恩義や愛情を理由にして、考えを押し付けたり、尊厳を否定していい筈がない。

感謝はしている。

だからこそ子どもを産み育てようと望んだ。

しかし私は今、別の価値観を保ちたいと思っている。

小さな同居人が、私たちのようにバランスのとれていない人間にならないように。

私の育った時の価値観や環境が、引き継がれる即ち「連鎖」が起こらないよう、

小さな同居人との生活を守りたい。

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あたらしい おひさま

日曜日。

早朝、ベッドの中で小さな同居人と小さな声で話す。

「夢を見た?」

「みたよ。 ねこちゃんのゆめ。 ままは?」

「ママは、学校の夢。あんまりいい夢じゃなかったよ」

「じゃあ きてぃちゃんのゆめ とんでいけってやるね? とんでいけ~」

小さな同居人は、手をひらひらさせて自分の頭から私のほうへ想念を飛ばすようなポーズをとる。

「とんでったでしょ? ままも すてきなゆめ みえたでしょ?」

なるほど、夢を共有したのね?

朝、掃除をしながら、小さな同居人とお話し遊び。

「みんなで あそんでいると だれか きました」と小さな同居人。

私が「それは お日様でした。エレベーターに乗ってやってきたのです。お日様は『いーれーて』と言いました」と、いつか小さな同居人自身が言った言葉を引用しながら返す。

「いいよ、といって みんなで あそびました」

「たくさん遊んだ後、お日様は、僕もう帰らなくちゃ、と言いました」

「そして また あさになると あたらしい おひさまが やってきました」

あたらしい おひさま。

なんて素晴らしい表現だろう。

また朝になれば 新しい陽が 必ず 昇る。

 

 

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はーとちゃん

午前中はドトールで仕事の資料読み。

近所の公園でよく出くわすおじいさんに声を掛けられ、すごく驚いた、というか気まずかった。

こっちは資料とはいえ、軽く変態入ったライトノベル読んでたし。

性描写がないのが救いだけど。

おじいさんは、仲間と待ち合わせをしていたらしく、

私のことをなぜか紹介していた。

ほんとやめてくれい。

帰宅してから、執筆にかかろうとしたが、結局ピアノを弾いてしまった。

あれ?

昨日、先生にレッスンを受けたせいか、

突然まともに弾けるようになってる。

当たり前のことしか指摘されていないのに、本当に不思議だ。

先生のお力は偉大です。

12月の半ばから練習しているが、ほぼ最後まで通して弾けるようになった。

嬉しいなあ。

後半をもっと練習して、次回見ていただける時までに仕上げておこう。

いや、ほんとはテストの曲、弾きこんでいかねばならぬところだが、

あまり練習しすぎても飽きてしまう曲なので、こちらはほどほどに。

結局午後もピアノと資料読みで過ぎてしまった。

小さな同居人が素敵な絵を描いた。

「はーとちゃん が ふわふわ の おようふく を きているの」だそうだ。

可愛いから絵葉書を作りたいなあと思った。

Fuwafuwa_2

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にちようび

今日は一日、友人のライターのヘルプで執筆。

といっても昼間は、

小さな同居人とサッカーしたり、調子の悪い家人の代わりに買い物行ったりで、ほとんど書けなかった。

夜中起き出して、さくさく書いて入稿。

資料の読み込みが浅いため、素人同然の脚本になってしまったが、

友人の助けに、ほんの少しなったようで嬉しかった。

私もいろいろ助けてもらっているし、恩返しがとにかくしたいのだ。

今週は指導案も書かねばならん。

あと、まだ残っているヘルプの分の原稿も。

楽しんでやれればいいなあ。

小さな同居人は眠くなると、抱っこをせがむ。

表情も赤ちゃんみたいになって、本当に可愛い。

それにしても大きくなった。

叱られそうになったりして、都合の悪いことがあると

「まま だいすきだよ」などと言って頬にチュウしようとしてくる。

小悪魔すぎ。

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まえ か うしろ か 

突然だが4月から講師をやることになった。

保育士の受験対策講座の求人に出来心で応募したら、

たまたま採用になったのだ。

いや……現在通う母校にも非常勤の求人があったが、さすがに応募できなかった。

立派な先生が多いしね。

私には無理だ。

もちろん尊敬するI先生の側にいられたらどんなにいいだろうと思うけれど。

劇遊びとか表現教育とか教えたくても、まだまだ勉強中の身だしねえ……。

採用になったことを、教務課の先生に報告したら、「うちでも教えなよ」と言う。

「ええ?」

「リトミック研究所卒業したら、ぜひ教えにおいで」だって。

冗談だろうと思ったら、本気だった。

嬉しいなあ。

ほんとに来ます。絶対戻ってきますよ。無理やりにでも。

今日は午前中、表現教育の普及活動をなさっているN先生とお会いした。

私の気持ちを伝えると、優しく微笑まれた。

今後、ワークショップに誘ってくださるという。

実践を通してドラマの持つさまざまな力を学び取りたいと思う。

最近なんか自分がボールになった気がする。

ものすごい勢いで転がり始めた。

前なのか後ろなのか分からないけれど。

ああ、でも行ったことがない方向に進んでいるから、前なのかもしれない。

苦しいことがあっても負けないよ。

キラキラした宝石のようなきみがいるから。

それと、実習で会った子どもたち。

あなたたちへの感謝の気持ちが、私を動かす原動力の一つになっているよ。

ありがとう。

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はっぴょう

学校の友人と、NPO法人を立ち上げようという話になった。

来年以降、一緒に始めようと思っている新しい仕事もそのほうがやりやすくなるし、行政の支援も受けやすくなる。

書類がたくさん必要らしく、少々心配だが、なんとかなるだろう。

就職活動の先生に、やろうと思っていることをみんなに話せと言われ、

授業で発表してきた。

今年一年掛けて、リトミックや表現教育などを学ぶ予定であること、

グループ保育室を運営するためのNPO法人を作ること、

自分のやりたい保育を実現したい人は、ぜひ参加して欲しいことなど。

発表が終わると、隣の席の人がぜひ参加したいと申し出てくれた。

興味を持った人が次々と話し掛けてくれて嬉しかった。

昔、劇団の女優だった友人も、今年、保育士資格を取り終える。

参加してほしいとメールを出した。

どきどきするなあ。

以前、制作のサポートをしてもらっていた人にも、

法人立ち上げの手続きに協力して欲しいと連絡を取ったら、断られて残念だった。

仕方ないのかな、という気もする。

私のほうから急速に離れたというその人との経緯を、今さらながら思い出した。

世の中、そんなに都合よくはいかない。

仕事だからとすっかり忘れて連絡をしたけれど、人間には感情があるのだ。

感情を描く仕事をしているのに、すぐそういうこと忘れちゃう。あほだな。

実習が終わったら忙しくなるなあ。

コードの勉強ができるのも今のうちだけか。

しっかりやろう。

先生とは話す機会がますますなくなってきた。

しかし、学校でピアノを弾いていると、一緒にいるような不思議な感覚がある。

卒業前に、例の曲を仕上げて、一度レッスンしてもらいたいと思っている。

譜読みはほぼ終わりそうだ。あと1ページ分。

何て言えば、不自然じゃないかしらん。

いや、そう考えてること自体、不自然だけどね。

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ちいさな だいきょう と おおきな こうふく

学校で勉強をした後、区役所へ。

書類を届けるついでに、三年後に立ち上げようと思っている仕事について、窓口でいくつか質問する。

今の状況ではだめなので、やはり引っ越さなければならないようだ。

でも、内容的には歓迎されたので嬉しかった。

実現可能だという確証が得られた。

勉強を続けながら、それまでじっくり準備したい。

体力も大切だ。

時間があったらジョギングもしたいなあ。

そう言えば学校で……。

教務課の前で呼び止められ、コマのオモチャを回せと言われた。

丸い台の上で小さなコマを回し、どっちの方角に倒れるかで、運を占うというもの。

台の側面には、大凶とか吉とか書いてある。

嫌だったが、強烈にすすめてくるから仕方なく回した。

今の私の状況を鑑みると大凶がふさわしい……ハズなのであるが、何故か大吉。

「うげえ、今の状態が大吉って、ショックだなあ」としょげると、

通り掛かった先生が無邪気な顔で笑っていた。

あ、その顔を見たら、少しだけ運気がアップした気がします……。

「これから良くなるんじゃない?」と言ってくださったので、

ちょっと気が晴れた。

そうだなあ、状況とかは全くいいとは言えないけれど、

私には小さな同居人がいる。

これほど大きな幸せにめぐりあったのは、人生初めてのこと。

こんなにきらきらとかがやく子がある日、私のところに来てくれたのだ。

たぶん「大吉」とはこの幸福を指すのだ。

他が全部大凶だったとしても、この大きな幸福にくらべれば。

感謝します。

神さま。

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じぶん を みとめる

演劇関係の情報に触れると、複雑な気持ちになる。

焦ったり、迷ったり。

結果としてマイペースに生きているけれど、生来マイペースではないのだろう。

他人の境遇をうらやんでもどうにもならない。

それは分かっているのだが、

公演ひとつ満足に打てない自分を責めてしまう。

自分がしてきた事を一つ一つ認めていくことから始めないと、

後悔や悲観ばかりのつまらない人生になってしまいそうだ。

自己肯定を禁じられて育てられたので、なかなか難しいが、今年は頑張って「自分を認める」ということをしていきたい。

情報とは距離をおこう。

私にとって幸せって何だろう。

小さな同居人と二人で静かに暮らせて、作品の発表の場が時々あれば。

まずはこの二つだけを守れるように計画を練ろう。

小さな同居人が就学したら、新しい仕事に着手する予定だ。

資金調達も役所の人と相談して、ほぼ目処がついている。

一緒にやる仲間を探しながら、とりあえず勉強を進めたいと思っている。

それと、生活のためのお金をがむしゃらに稼ぐ。

誇りを持って生きていくために、人、情報に対する距離や、自分の立ち位置を模索したい。

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くるしい しんねん

新年。

大晦日から身体中に蕁麻疹が出ている。

おそらくストレスだろう。

特権階級的な考え方や物言いなど、本当に合わない。

というか、受け入れたら私もモラハラな人間になってしまう気がする。

もうなりかけている気もするけれど。

とにかく価値観を遠いところに置いておかねば。

私の持ち家ではないので仕方ない。

どこか行く場所を本当に考える必要がある。

いきなりこんな暮らしが始まったことに、戸惑っている。

ピアノを弾くのも遠慮しながらなので、勉強もはかどらない。

和声は弾いてみないと理解できないこともたくさんある。

学校が始まったらなんとかなるだろうが、卒業したらどこで勉強すればいいのだろう。

そのためにピアノを購入したのだが、これでは意味がほとんどない。

せめて来年の3月に勉強を終えるまで、待ってくれたらいいのだが。

執筆と勉強と小さな同居人との暮らしのバランスを取るだけで精一杯なのに、ストレスで頭がおかしくなりそうだ。

恩師や、作家仲間の言葉に支えられてなんとか衝動を押さえている。

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