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2013年4月

あい と あい

先日、「あいを こめてってなあに?」と小さな同居人が訊いてきた。

音楽教室からもらったCDを聴いた後のこと。

このCDは歌の間にドラマが挿入されていて、そのドラマのキーワードが「愛をこめて」なのだ。

3歳児向けのCDとしてはどうかと思うが、歌がキャッチーなので小さな同居人のお気に入りとなっている。

「愛っていうのは……ええと……大好きで一緒にいるってことかな」

「いっしょ?」

「ほら、ママと〇〇(小さな同居人の名)は大好きだからいつも一緒にいるでしょ?」

「いっしょにいるよ」

小さな同居人は分かったような分からないような顔をして頷いてみせる。

今日、夕食の後、突然「アイムって なあに」と訊いてきた。

ん?何故発音が英語?と思ったら、どうも、朝食時の番組「えいごであそぼ」で覚えたらしい。

「Ⅰは私のことだよ」と説明する。

理解できたようだが、突然思い出したように、「アイって一緒にいることだよね?」と言い出す。

なるほど、そうか。

今、小さな同居人にとって「アイ」とは「一緒にいること」であり、「私」なのか。

「Ⅰ」と「愛」――発音が似ているだけだけれど、ずっと意味は同じだといいね。

あなたは今、愛そのもの。輝いている。

なんて美しい存在。

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わすれないで

やはり講師をやりながら保育士のパートもやるというのはしんどい。

リズムができてくれば、何とかなるかもしれないけれど。

最近、「4分間のピアニスト」という映画を観た。

期待したほどは、心を揺さぶられなかった。

役者はいいんだけど、台本がなあ。

おおまかなストーリーの流れはすごくいいのだが、

出来事の仕掛けが今ひとつ。

あと、選曲もあまりぐっとこなかった。

大好きになれそうなのに、今一歩でそうはならない。切ないな。

明日から小さな同居人と二人で温泉に行く。

二人きりで旅行に行ったことがないから、わくわくする。

まあ、小さな同居人的には、もっと賑やかなほうがいいのかもしれないが。

私は二人のほうが気楽だし好きだ。

もともとの家族と旅行すると、発言権がほとんどなのでつらい。

自分の行き先も決められない、好きに散歩にも行けない、部屋のどの位置に荷物をおくのかまで指定される。本当に息苦しい。

たいてい胃を壊す。

私が我慢すればいいのだと思ってずっと頑張って、でも頑張りきれなくて自分を責めたりしていたが、もう面倒くさいので、そういうのもやめた。

要は、それぞれが、別々の考えを持った個人だ、ということを認め合えばいいんだと思う。

そのスタンスでつきあうのが無理だったら、もう距離を置く。

これに限る。

ネガティブな意味じゃなくて、お互いの幸せのために。

近過ぎると焦点が合わなくて、ピントがぼける。顔がしっかり見えない。

対峙するためには、距離が必要だ。

愛とは、対峙し、相手が別の人間だと認めた上で、初めて成り立つ感情である。

この真理は私自身がずっと忘れずに唱え続けなければならない。

忘れないで。

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ほいく の しごと

認可保育園での勤務が突然決まり少し慌てている。

講師の仕事もあるから週2、3回だが、とにかく保育士として勉強を積まねば。

明日から出勤なので、今日は午前から健康診断やら、細菌検査やらで忙しい。

午後は、7キロ離れたその保育園まで自転車でどのくらいかかるのか、時間を測って走ってみる。

迷いながら走って34分だから、だいたい40分みておけば大丈夫だろう。

雨だと厄介だが。

あとはエプロンに名前をつけたり。

講義計画は作れなかった。なんだか落ち着かない。

それから今週の日月は休みを取ったから、どこかに二人で出掛けようと思い、温泉のHPを見て回り、ホテルを予約。

残った時間は悲愴の第一楽章を練習した。

手が小さいと弾きにくい箇所があり、これは練習で克服するしかない。

夕方は医者へ。

小さい同居人は、最近朝と夜に深い感じの咳が出る。

苦しがるほどではないが、気になるので診てもらおうと思ったのだ。

喘息だったらどうしようと思うが、医者からは、そのような診断はなかった。

ただし、処方された薬は喘息の発作を予防する薬のようだ。

夜、飲ませてから寝かせたが、やはり夜中に少し咳が出ていた。

しばらく飲ませて様子を見るしかない。

最近、深夜に友人と長電話した。

友人としては迷いの時期であるらしい。

迷ってフラフラしてみるのもいいんじゃないか、と言ってみた。

しっかりしろ、という言葉を待っていたかもしれない。

でも、迷ってほっつき歩いた末に、小さな同居人との出逢いという幸せを掴んだと自分自身が思っているだけに、そうは言えないのだ。

なんにしろ、迷っているなら、支えようと思っている。

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にがくしょう の ごご

今日は午前から午後にかけて教育原理を3コマ立て続けに講義。

ほんとに最後、喉がカラカラになった。

その後は、差し入れのチョコレートを購入、先生の家へ。

こんな高級住宅街には、来たことがないのでバス停で降りただけでとても緊張した。

電話したら、坂道を上がってきて、とのこと。

息をきらしててくてくのぼっていくと、先生が角で手を振っていた。

先生の後を追いかけて細い路地を入る。

大きな鉄条門の向こうにはひっそりと古い洋館。

分厚い一枚板でできた玄関の扉からは、まるで執事が出てきそうな感じがした。

広間には二台グランドピアノが並んでいる。

片方は古いベヒシュタイン。

楽譜立てと脚がとても不思議な形をしている。

最近調律したのだと先生はおっしゃった。

お茶を一口いただいてから、悲愴ソナタの二楽章を弾き始めた。

ペダルを踏むたびにガタガタと揺れる感じがして、気になるが、しばらくすると慣れてきた。

音色は透明でどこまでも伸びていく。

すごいピアノだ。

小鳥のさえずりがとても近くで聞こえる。

大きな窓の向こうには中庭が見えた。

先生が弾くと、ベヒシュタインはもっともっと美しい音を奏でた。

ピアノと先生はとても親しげに見えた。

ふたりはたいそう仲良しなのだ。

たくさん直され、同じところを繰り返しさらった。

幸せな時間だった。

他には?と訊かれたので、譜読みをだいたい済ませてきた1楽章を弾いた。

レッスンが終わると先生は、私が言わなくても手帳を持ってきて、次はいつにしましょうか?と聞いてくださった。

「先生は優しいですね」

「どうして?」

「大人になるとあまり優しくしてもらえなくなります。だから身に染みるんですよね」

素直に、言葉にできなくて、ついおかしな答え方になった。

帰りは曲がり角のところまで送ってくれた。

お礼のメールを送ると、しばらくして返信があった。

おんぼろピアノでよければまた弾きにいらっしゃい、と書いてあった。

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けっこんは しないよ

保育士受験講座は、一つの科目を複数の講師が担当する。

講義内容に統一性をもたせるため、毎回、ポイントをまとめたレジュメを見ながらやることになっている。

それを毎日、作っている訳なのだが、マジで疲れる。

しかも、この仕事にどのくらいの手当てがつくのか、知らされていない。

安かったら嫌だなあ。

こんなにしんどいのに。

今日は別の学校の講義を見学に行った。

今は二社契約しているから、レジュメ作ってるのとは別の会社。

9月からの授業を担当する予定だったが、

突然ピンチヒッターを頼まれ、とりあえず同じ講義をやっているから見学しておいて、と言われたのだ。

遠かったので、到着がギリギリになってしまった。反省。

保育実習理論に、そんなに法律が出るなんて知らなかったよ。

しかも、絵画も教えなきゃいけないらしい。私が。言語だけかと思ってたのに。

今日初めて聞いた。

まあいいや。ここはサブテキストなども全部揃っているし、準備も大変ではなさそうだ。

昨夜、夕食の時。

小さな同居人が「あのね、ずっと ままと いっしょに いたい」と言う。

「そうだね。一緒にいようね」

「けっこんは しないよ」

「え?ええ?」

何故、結婚の話なんか。ひょっとしてもう相手がいるのですか?

「おにいさんとは くらさない」

なるほど。三ヶ月くらい前だったかな。結婚するとどうなるのか、訊かれたことがあった。

その話の続きか。

その時、私は「好きなおにいさんを見つけて一緒に暮らすんだよ」と教えたのだ。

そうしたら「ままも 結婚するの?」とまた訊いてくるから

「違うよ、ママは結婚しない。〇〇(小さな同居人)だけおにいさんと暮らすんだよ」と答えると、不安そうに「ままは?」と首を傾げた。

「ママは一人で暮らすよ」と話すと激しく泣き出した。

「別々に暮らしてもずっと側にいるんだよ」と話しても、泣いている。

次の朝もまた思い出して不安そうにしているから、

「大丈夫だよずっと一緒にいるからね」ともう一度言ったら、ほっとした顔になった。

それきり忘れていたのだが。

ふと思い出したのだろうか。

「おにいさんとはくらさないよ」

「結婚しても大丈夫だよ。ママは……ええと……〇〇が結婚したら一緒についていくよ、おうちに」

「ほんと?」

小さな同居人は戸惑いながらも少し笑顔になる。

「うん。だから大人になったら結婚しようよ、ね」

「……だっこ……」

私たちは、何故か、ひしっと抱き合う。

ママとは結婚できないんだよ。

でも一緒にいたいって言ってくれてありがとう。

毎日考えている。

私はひどい人間なのに、どうして神さまは、

こんなキラキラとした素晴らしい子を授けてくれたのだろう。

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はじめての じゅぎょう

初めての授業。

これから来るとされる嵐のせいもあって、生徒は少ないようだ。

ちょっと気が楽になる。

教室の中の机を移動させてもらって、お互いに顔が見られるよう、ゼミみたいな雰囲気に並べた。

教育原理の教科書の前半は、内容が思想とかその歴史なので、哲学科出身の私にとっては割と説明しやすい。

だから今週はいいのだけれど、後半にさしかかる来週がちょっと心配。

生徒さんは最初はおとなしかったが、途中から私の冗談に笑い出したりして、反応が柔らかくなった。

終わった後、面白かったとか分かりやすかったと生徒さんが言ってくれたので嬉しかった。

講座全体を担当している主任の先生からも、自信を持って大丈夫な内容、と評価をいただいた。

帰宅すると、小さな同居人が「〇〇(自分の名前)とYちゃん(友だち)、どっちが可愛い?」と訊いてきた。

うお。すごい質問だ。

私が答えようとすると、母が「どっちも可愛いのよ」とすかさず答えた。

何故そんなことを訊きたくなったのか、たずねてみようと思ったのだが。

それにしても、どんどん女になっていくことに戸惑いを覚える。

私のような人間に育てられていて女になっていくならば、性によるパーソナリティの分化は環境や周囲の対応によって形成されると説はあまり信用できないなあ。

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さいきん

授業の準備がこんなに大変だと思わなかった。

同時に複数教科を進めているため、頭が大混乱。

夜中に起き出して少しでも進めたいが、ぐっすり眠ってしまう。

脳の疲労が激しい。

頭弱いんじゃないかともともと疑っていた。でもこれほど貧弱な頭脳だとは。

昨日はイベント保育のアルバイトに行った。

外国人(アジア系)のママさんたちの子ども(みんな二歳)を預かる仕事だ。

一人、ものすごく泣いている子がいて、私はその子につききりにならざるを得なかった。

ずっと泣きっぱなしだったが、何故か「チーズくんのスープ」という絵本には食いつきがよくて、

集中して聞いていた。

いろんなジャンルの絵本を持っていったほうがよい、ということが実感として分かった。

小さな同居人は、新しいクラスに進級して数日は情緒不安定な感じだった。

しかし二人いる担任の先生のうち、

一人は持ち上がりだし、もう一人の新しい先生も園で有数の優しい先生ということもあってか、

すぐに落ち着いてきた。

夜はカワイの音楽教室の新しい教材CDを自分で掛けて聴いている。

特におばけ屋敷の歌が気に入ったようだ。

それにしても、音だけで、怖い雰囲気とか、不思議な雰囲気を表現できるって、

音楽家はすごいなあ。

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