« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月

おしえたい おとな

ここ数日、完全に夏バテしていた。

講師の仕事と保育所勤務の両立はなんだか難しい。

仕事そのものではなく、両立自体で体力を消耗している気がするので、今後は考えたい。

8月はとりあえずほとんどの仕事を休業する予定だ。

リトミックの勉強の復習予習をしたり、11月に他の作家と一緒にやる公演のための小さな作品を書きたいと思っている。

最近、保育所や日常生活で感じたこと。

子どもに対して「教えたい」という気持ちが旺盛な人たちがいる。

例えばその子どもが初めての遊びをやるとする。

見守っていれば、きっと何度も失敗しながら、大人だってできないくらい上手にその遊びをやるようになる。

しかし、2回くらい失敗したところで、「教えたい大人」は「これはね。ああ、そうじゃない、もっとこうして」などと指示を始める。

子どもは何度かやってみたところですぐにやめて違う遊びに移ってしまう。

指示のつもりはなくても、子どもの立場に立ってみれば指示なのだ。

失敗したって自分のやりたいようにやりたいのだ。

そのうち、他の子どもがどうやって遊んでいるか見たり、身体で感じ取ったりして、自ら学ぶのだ。

そんな大人が身近にもいるので、遠慮がちながら「少し待ってみてね」と言ってみたことがある。

すると「何でいちいちそんなこと言ってくるの?」と噛み付かれた。

ほらね?あなたも、「いちいち意見されるのがイヤ」でしょう?

子どもだって同じなのです。

教えたい大人は

何故待てないのだろう?

失敗するのを見るのがつらいのだろうか?

試行錯誤を見るとイライラしますか?

でもそれはあなた自身の問題であって、子どもには何の関係もないんですよ。

ティーチングを学んでいる立場から見ると、「教えたい大人」ほど人を伸ばすのが下手だと感じる。

そもそも、人を伸ばすのが上手な人は、「教えたい」とはならないか……。

自分でコツを発見して上達したら、子どもはもっとその遊びを好きになるのに。

できている時だけすかさずほめればいい。

それだけで子どもは答えに、自分だけの真実に、どんどん近づいていく。

二回やって大人に「できない。どうするの?」と訊いてくる子どもは、「教えたい大人」に毒された気の毒な子どもだ。

子どもは自ら伸びる力を持っている。

大人はそれを見守るだけでいい。

たくさん失敗する前に「どうするの?」と訊かれたら「どうすればいいのかなあ?」と言えばいい。

一緒に考えるふりをしてもいいけれど、とにかく大切なことは、

答えを見つけるのはいつも子ども自身であるということ。

|

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »