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2013年11月

あけがたの ゆめ

亡くなったA先輩の夢を見て目が醒めた。

夜明け。

学校の一角を稽古場?小劇場のように仕立てた場所で、

私たちは芝居をしている。

客席にはお客さんがいたりするので、ひょっとしたら本番が終わったばかりなのかもしれない。

そこにA先輩がひょっこり顔を出す。

私と仲間はA先輩を受け入れ、一緒にアドリブ劇を始める。

自然に。

学生劇団にいた時、私たちが「エチュード」と呼んでいたあれだ。

A先輩のエチュードはやはり面白い。

仲間たちも喝采する。もちろん私も。

しかしAさんは休憩時間になると、稽古場の床に丸くなって寝転ぶ。毛布にくるまって。

調子が悪いのだ。その時、思い出した。

彼が重い病に冒されているということを。

「Aさんは私の芝居に出たいの?」と私は思い切って訊ねる。

「うん。そうだね。そうだよ」

彼があの口調で、少し口を突き出すようにして言う。

「そうなの?でも身体はどうなの?」

「うん。さすがに具合が悪くてさ」

彼の真っ白だった歯は端っこが少し茶色くなっている。

それを見ていたら思い出した。

完全に思い出した。

A先輩は死んだのだ。

もういない。

それで目が覚めた。

カーテンの隙間から白々とした空がのぞいている。

何かぞっとした。

20年前、A先輩は私の主宰する劇団に役者として出演したがっていた。

「出してくれよ」と突然電話を掛けて来た。

私は断った。

何故ならその前年、A先輩が

私が旗揚げしたばかりの劇団からメンバーを引き抜こうとしたり、

メンバーを呼び出して私の芝居の悪口を吹き込んだりして、

活動を妨害されたからだ。

それなのに。

「出してくれよ」はないだろう。

今考えると、活動を妨害された恨みというより、

恐れていたのだろう。

A先輩から離れ、やっと自分の力で旗揚げした劇団を乗っ取られてしまうかもしれないと

無意識下では不安でたまらなかったのだと思う。

何しろ彼は面白かった。無敵に。

それを一番よく知っていたのはほかならぬ私だった。

今、仮にあなたが生きているとして、同じ言葉を言ったら、どうするだろうと考えました。

やはり、断ります。

私にはまだ、あなたの破壊的な面白さに太刀打ちできる自信はまだありません。

あなたの面白さを冷静に受け止めることができるようになったら、

台本を書いて、演出しましょう。

いつになるか、本当にいつになるか、

分かりませんが。

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わたし の もてる ちから

本日は「てのひらで すくいとる」の初日。

やっと、幕が開いた、いや、こじ開けた、という感じ。

持てる能力のほとんど、しかもそれほど得意ジャンルでない部分を、すべて出し尽くした、とも言える。

私にとって得意なのは、書いて演じること。そして音楽と合わせること。

あまり得意ではないが、人から評価されやすいのは、演出や美術の力。

今回は成り行きとして、とにかく後者を頑張るはめになった。

いつも思うのだけれど、

役者さんたちは演出や美術を自分がやりたくないから、私のような人間をおだてて、その気にさせようとしているのかもしれないなあ。

でもまあいい経験になった。

能力というものは、時々とにかく無理やりにでもこうして発揮しないと、自分がどのくらいの存在か認識できない。

よく分かりました。

自分がどのくらいか。

今日は古いお客さまがたくさん来てくださった。

懐かしい顔、顔。嬉しかった。

こんな風に、力を出し切ることも大切だ。

他の人が書いた作品を演出するのは、スキルを磨くためにも良いと感じた。

ときどき頭が破裂しそうになったけれど。

今日は自分の書いた短編「ハハ ニ ナル」を観ていて泣いてしまった。

とてもいい演技に、いい音楽だった。

お客さまも集中して観てくださっていた。

これは、昨年の夏、夜明けに見た悪夢に着想を得た作品だ。

あまりに鮮やかで、おぞましく、そして美しかったので、

震えが止まらなかったのを覚えている。

神さま、私にこのような物語を書かせてくださったことを感謝します。

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