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2014年5月

きょだいな めるへん

今日は朝から夕方まで渋谷で講義、その後、世田谷にある大学で講義。

本当に疲れた。

科目でいうと、保健、栄養、社会福祉の順。

正直、私にとってみればすべて専門外。一日中喋り続けるのはしんどい。

朝から晩まで講義し続けるなんて無理だって思ったけど、

取り合えずできた。

ほっとした。

目指している大学院の教授から英語の論文を読む宿題をもらった。

こ、こんな長い英文を読むのは、う、う、生まれて初めて……。

どうしよう。

まあ地道に読み進めるしかないな。

夜の講義は小さな同居人に淋しい思いをさせるからできれば断りたいが、

どこの稼業も同じことで、

断ってばかりはいられない。仕事を失う。

今回は断続的なスケジュールなので引き受けたが、毎週半年、と言われたら無理だろう。

経済的にはいいお金になるけれど、私も無理なのだ。

夕方くらいになると、小さな同居人に会いたくてたまらなくなる。

眠りに落ちる前、小さな同居人が、不思議なギャグ?メルヘン?を口にしていた。

「まま、おっぱいが うちゅうまで とどいたら どうする?」と言って「うふふ」と

夢見がちに笑う。

スケールでかいですね。

とにかくあなたがおっぱいが好きだってことは分かりました。

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おとな にさい

今日は仕事先で自分と似た境遇の人に遭遇した。

以前からなんとなく気になる人だったが、

共通項を無意識で感じ取っていたからなのか。

でもまあ、ものすごく可愛らしくて賢いから、いろんな人から気になるって思われているんだろうな。

で、お互いの境遇を偶然知って、大変だったねと語りあった。

なんと、同居人の年齢まで一緒なのだ。

リトミックでもそういう出会いがあって親しい友だちが出来たけれど、

可愛らしいこの人ともそうなりそうな予感がする。

最近の悩み。

小さな同居人はどんどん成長していくのに、私の心の成長は止まったままだ。

小さな同居人を産んだ時、私は「大人の赤ちゃん」に生まれ変わった。

その後、しばらく、そう、大人二歳くらいまでは順調に成長していたのに、

それから停滞している。

問題は分かっている。

いつも自己否定してドアを閉ざしていると、感情がピンポン玉みたいに壁に反射する、いつまでもいつまでも。

その冷え切った感情のピンポン玉が立てる音ときたら。

こつん、こつん、それはいつまでも続く。

うっすら、頭がおかしくなりそう。

大人になるには楽しむのが一番だと分かっている。

でもできないんだよね。

どうしても難しい。

小さな同居人と二人きり、電車に乗っていたりする一瞬は、ものすごく幸せを感じる。

でも、それ以外の人が関わってくると、純粋には楽しめない。

幼い時、母が「仕方ない」「こうするしかなかった」という言い方をするのがとても嫌だった。

我慢しないで欲しい、したいことをして欲しいと思っていた。

自分自身を愛さないと、他人を愛することはできない。

自尊心は他尊感情の前提となる、と毎日人に教えているのに、私は何をやってるんだろう。

いつも私は自分を恥かしく思っている。

太宰治でもないのに、そんなこと思っている自分がまた恥かしいし!

いい加減、こんなのはもうやめたい。

小さな同居人には歪まずまっすぐに育ってもらいたいから。

はったりでいいから、私には生きる価値がある、人生は素晴らしい、って心の中で叫びたい。いや、叫ぶ必要があるのね。

今、作品を書く必要があるかもしれない。

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