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2016年2月

さいきん きづいた

Facebookを見ていて気付いたことがある。

私の周りで見ていると、

個人的なことを発信するために使用している人は、

ほとんどポジティブ寄りの発信を行なっている。

笑えないくらいネガティブなことは、Facebookではあまり発信しない。

個人的に使っているのに「公」なのだ。

あくまでも私の周りだけかもしれないのだけれど。

昔は、プライベートが大衆の目にさらされるのって政治家とか芸能人だけだった。

でも今は、それ以外の人たちも自ら進んで、

プライベートを「公」にしたがっている時代なんだなと思う。

理由は何だろうか。

もちろんツールとして便利なものが出てきた、というのも要因としてあるだろう。

加えて言うなら、

無意識的に、あるいは意識的に、

生きるためのモチベーションを保つために、自分という存在(特に表側の面)を公の目にさらしているのかな、とも思う。

公の目を意識することによってはじめて、自分がここに頑張って生きていることや、自分の素晴らしさや、自分が充実していること、などなどが確認できるのかもしれない。

批判しているのではなくて、私は心配なのだ。

そこまでしないと、生きるためのモチベーションを保てない時代だということが、心配なのだ。

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